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「……なぁ、あの二人ってさ」
廊下の角を曲がろうとしたその瞬間
不意に耳に飛び込んできた言葉に、俺の足は凍りついたようにピタリと止まった。
「あー、1年の田口くんと、2年の相川先輩?仲良すぎじゃない?」
「そうそう!兄弟っていうかさ、なんて言うか…なんか距離感おかしくない?」
「この前の中庭でも、田口くんが相川先輩の後ろから普通に抱きつくみたいに喋ってて、いくら兄弟でもそこまでする?って思っちゃった」
クスクスという、悪気のない
けれど好奇心に満ちた女子生徒たちのヒソヒソ話。
そこに具体的な名前は出ていなかった。
だけど、それが誰を指しているのか、嫌というほど分かってしまう。
───俺と、直哉のことだ。
「……っ」
胸の奥が、氷を詰め込まれたように冷たくざわついた。
最近の俺は、確かに完全に気を抜いていた。
直哉が距離ゼロでベタベタしてくるのにもすっかり慣れてしまい
あいつが隣にいるのが当たり前になって、前ほど突き放したり拒否したりしなくなっていたのだ。
その結果がこれだ。
隠し通さなければいけないはずの関係が、少しずつ、けれど確実に周囲に怪しまれ始めていた。
「兄さん?」
「っ───!」
背後から、鼓膜に馴染んだ低い声が響いた。
心臓が跳ね、反射的に肩がビクッと大きく跳ね上がる。
振り返ると、カバンを肩にかけた直哉が、少し不思議そうな顔をして立ち尽くしていた。
「どうしたの?廊下の真ん中で固まっちゃって」
「……あ、いや。別に、なんでもねぇよ」
俺は咄嗟に、自分の身体を直哉から大きく引き離すように、一歩、二歩と後ろへ距離を取った。
これまでの日常なら、あいつが近づけば自然と身体を寄せていたというのに。
その瞬間
直哉の切れ長の瞳が、ガラスにヒビが入るみたいに
ほんの少しだけ悲しげに揺れたのを、俺は見逃さなかった。
◆◇◆◇
その日から、俺は意識的に、徹底して直哉の存在を避け始めた。
「兄さん、放課後、一緒に帰るでしょ? 下駄箱で待って───」
「あー、今日は図書室に寄る用事があるから。先帰ってていいよ」
「ねぇ、兄さん。昼休み、購買でパン買って一緒に食べない?」
「あ、いや。今日は友達と教室で食べる約束があるから。じゃあな」
自分でも呆れるくらいに不自然で、下手くそな拒絶。
それでも、そうするしかなかった。
もし俺たちの関係がこれ以上噂になって、決定的な証拠でも掴まれて、学校中にバレたら?
何より、それが母さんたち親の耳に入ってしまったら。
やっと掴んだこの温かい家庭も、直哉と紡いできた大切な恋人としての関係も
何もかもが音を立てて粉々に壊れてしまうかもしれない。
その恐怖が、俺の頭を支配していた。
「……はぁ」
だけど、嘘をついて直哉から逃げるたび
あいつが捨てられた仔犬みたいに傷ついた顔をするのが、脳裏に焼き付いて離れない。
拒絶するたびに、直哉ではなく、俺の胸の奥がナイフで抉られるみたいに激しく痛んだ。