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放課後
今日も俺は、直哉を撒くようにして一人でそそくさと教室を出て、足早に帰路につこうとしていた。
夕暮れの赤い光が差し込む昇降口。
自分の下駄箱を開け、ローファーに履き替えようとした、その時だった。
後ろから、強い力でガシッと右腕を掴まれた。
「っ……!」
驚いて振り返る。
そこには、息を微かに荒げた直哉が立っていた。
いつもなら、俺の顔を見た瞬間にとろけるような笑顔を浮かべるあいつの顔に、今は笑みの一片すらない。
見たこともないくらいに真剣で
どこか怒りを孕んだような真っ直ぐな瞳が、俺の視線を絡め取って離さなかった。
「……直哉。離せよ、みんな見てるだろ」
「嫌だ。離したら、兄さんまた俺から逃げるじゃん」
低く、有無を言わせない声。
周囲の生徒たちの視線が微かにこちらに向くのを感じて、俺の焦りはピークに達する。
「最近、なんでそんなに俺を避けるの。俺、何か兄さんの嫌がる真似した?」
「避けてねぇって言ってるだろ…ただ、最近忙しいだけで──」
「嘘。絶対に避けてる。俺の目を見て、まともに会話すらしてくれないじゃん」
間髪入れずに即答され、完全に退路を断たれた。
二十センチの体格差を見せつけるように
直哉は俺の前に立ちはだかり、その大きな影で俺を包み込む。
もう、得意の嘘で誤魔化すことなんてできなかった。
「……噂されてんだよ」
俺は諦めたように肩の力を抜き、ぽつりと、消え入りそうな声で本音を零した。
「俺たちの距離感がおかしいって、廊下で女子たちがヒソヒソ話してるのを聞いた。俺ら、周りから見たら仲良すぎるって怪しまれてる」
「……」
「だから、学校にいる時くらいは、ちょっと距離を置いた方がお互いのためだろ……?」
「なんで?」
遮るように、冷徹なまでのトーンで言われた。
直哉の瞳が真っ直ぐすぎて、眩しくて
自分の意気地なさを見透かされているようで、胸が苦しくなる。
「なんで周りの目を気にして、俺たちの関係をそこまで隠さなきゃいけないの」
「……っ、お前は分かってないんだよ」
「分かってるよ。でも、俺は兄さんの恋人なんだよ? なんで付き合ってるのに、赤の他人の目を気にして他人のフリをしなきゃいけないのさ」
直哉の一言一言が、鋭い刃物になって俺の胸に突き刺さる。
分かってる。
直哉の言い分は、俺が一番よく分かっている。
だけど。
「……怖ぇんだよ、俺は!!」
気づけば、抑え込んでいた感情が叫びとなって口から飛び出していた。
「お前は強くて、周りに何を言われても平気かもしれないけど、俺は怖ぇんだよ!」
「もし学校にバレて、親に知られて……今ある普通の生活も、お前と一緒にいられるこの関係も、全部壊れてなくなったらって思ったら、怖くてたまんねぇんだよ!」
親の再婚、新しい家庭。
学校での立場、直哉との甘い時間。
失いたくないものが多すぎて、俺の足元はすくみ上がっていた。
直哉は俺の叫びを受け止め、しばらくの間、深い沈黙を保っていた。