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京香から転送された写真は、とりあえずフォルダに入れておき、それからも普段と変わらない生活を送る。
来週には、アルバイト契約が切れた京香と約束していた食事に行く予定だ。
_____どこの店がいいかな?
風呂上がりでソファに座り、スマホでいい店がないかと検索する。
ウキウキでスマホを操作していてたら、ダイニングにいる杏奈が小さくため息を吐いた気がして、ドキッとした。
が、俺のことを見ていたわけじゃないようだ。
「どうしたんだ?何かあったのか?」
「え?あ、うん。これね、ネイルがもうダメになっちゃったから残念だなあって思ってたとこ」
視線は自分の指先を見ながら俺に答える杏奈は、綺麗になったような……?
_____やはり、他所の誰かと?
恋をした女は綺麗になると昔の人も言ってたし、それが浮気でも同じなのかも?
_____杏奈は俺の妻だぞ?!
京香の写真が頭をよぎりイラつく。
「ネイルなんてしなくてもいいだろ?安いもんでもないし。そもそも家事や育児には邪魔だと言ってたじゃないか」
「ん、まぁ、そうなんだけど……」
なんだか歯切れが悪い杏奈を見ていて、もやっとする。
「まぁ、どうしてもそういうことをしたいなら、自分で稼いでからやってくれよな。これから先、俺の仕事もどうなるかわからないんだし」
_____しまった!言ってしまった!
こんなモラハラ的なことを言うつもりはなかったのに。
杏奈がどう返してくるか、瞬時に緊張した。
「え?じゃあ、自分のお金だったらいいの?そうだよね、うん、自分でなんとかするよ。これから先、圭太の教育費も準備しないといけないし」
俺の発言に動じることもなく、かえってうれしそうにしている。
「あのさ、主婦が稼ぐってそんな簡単じゃないんだぞ?まだ圭太も小さいんだから、まずは圭太を最優先にしてもらわないと」
「わかってる。でも、もうすぐ幼稚園で昼間に自由時間ができるから、そこでなんとかしてみるよ」
お風呂入るねと、うれしそうに出て行った。
_____そうか、杏奈に自由時間ができればもしかすると……浮気し放題?
杏奈がそこまで器用な女だとは思えないから、取り越し苦労だろう。
ビールを飲み干したあと、LINEを開いたら京香からのコメントがあった。
《いいお店、ありましたか?楽しみにしています》
可愛い“楽しみスタンプ”が添えられていた。
寿司とイタリアンとどちらがいいか?と返した。
洋風居酒屋、座席が半分個室のように仕切られていて掘りごたつのようなテーブル席。
「うわ、なんだかオシャレでそして秘密っぽくていいですね」
アルバイトの時とは違う、肉感的な体のラインが強調されたワンピースを着た京香。
暗めの照明のせいか、妙に艶めかしい。
「食べたいもの頼んでいいからね。アルバイト、お疲れ様会なんだから」
「はーい。じゃあ、飲み物はレモンサワーで……」
慣れた様子でメニューから注文していく。
掘りごたつに向かい合って座っている形なのだが、さっきからテーブルの下で京香の足が俺の足に当たっている。
_____わざとか?
何度か足の位置を変えるけれど、それでも当たる。
「乾杯しましょうよ、岡崎さん」
「あー、何に?」
「素敵な夜になりますように、カンパーイ!」
「え?」
意味深な京香のセリフに、たじろぎつつ期待が高まる。
_____そういうことなのか?
だけど、このままでは主導権を握られてしまいそうだ。
大人の男として、巻き返しておかないと。
「美味しいお酒と料理があれば、素敵な夜になるよ」
「ん?優等生なんですね、岡崎さんは。まぁ、いいけど」
「優等生というよりも、保護者の気分だよ。さすがに仲道さんとの歳の差を考えるとね」
「でも、一応成人してますよ。たいていのことは許される年齢ですよ、お酒とかね」
「悪酔いしないでくれよ、酔った女の子を介抱するなんて慣れてないから」
「大丈夫ですよ、それに岡崎さんならちゃんと送ってくれそうだし」
フフッと顔を寄せて、上目遣いで見上げてくる視線は、仔犬のようで愛くるしい。
その時、ブーンとスマホが震えて、杏奈からのLINEが届いた。
今日は会社の付き合いで遅くなると言ってあるのだが……。
《帰り、何時頃になる?》
正直、そんなのわからない、この後の京香次第だよと思いながら。
〈ちょっとわからないなあ。退職する人の送別会だからね。二次会までは参加する予定。その後はどうするかな?〉
《わかった。とても遅くなりそうね。気をつけて帰ってね》
了解スタンプを送りながら、あれ?と気づく。
これまで遅くなると言った日に、わざわざ帰りの時間を訊いてくることなんてなかったのに。
スマホを置いて顔を上げた瞬間、京香がキスをしてきて、パシャリとシャッター音がした。
「ちょ、なにを!」
「奥さんからでしょ?邪魔したくなっちゃった、ほら、これ!」
京香のスマホ画面には、咄嗟のキスで目を開けたままの俺が写し出されていた。
「何をするんだ?」
「私の宝物にするの。他の人に見せたりしないから心配しないで」
「そういうことじゃ……」
「これで、今夜は素敵な夜になることが決定!やった!お酒、お代わりしなきゃ」
薄暗い店内だけど、見る人が見たら俺と仲道京香だとわかる写真だ。
でも。
_____酔っ払った勢いでの些細なことだな
なんて自分に言い聞かせる。
で、結局、近くのホテルに入ってしまったのだけど。
ベッドでの京香は、とても積極的でその若い身体に虜になりそうだった。
そして思った。
_____俺はやはりモテるんだ
と。
また今度、佐々木に自慢してやろうと。