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私はワイングラスに深紅の液体を注ぐ。それは私の傷ついた悲鳴のようだった。グラスの中で渦を巻くワインは、離婚届を差し出された夜の心の砕け散った音を思い起こさせる。粉々になった記憶が、赤い渦に溶け込んでいく。
今も胸を焼き尽くすのは、戸惑いと怒りだ。
まさか拓也の恋人が、叔母の麻里奈さんだなんて……誰が信じよう。義兄妹という境界を溶かし、泰造の溺愛が作り上げた禁断の絆。血の繋がりを隠しながら、永遠を誓い合った二人。
ワインを一口含む。渋みが舌を刺し、喉を焼く。冷たい怒りが静かに燃える。私はスマートフォンを取り出し、動画を再生した。応接間の暖炉の灯りの中で、抱き合い、口付けを交わす二人。拓也の声は兄ではなく、男の欲に塗れていた。麻里奈さんの「お兄ちゃん……」は、甘く、罪深く響く。
テーブルには紅茶のシミがついた離婚届が広げられている。真っ赤な血のような印鑑。あとは最適な場面で拓也に手渡す。最も残酷に、絶望に突き落としてから。
私はパソコンの電源を入れた。画面が青白く光り、静かなファンの音が部屋に広がる。インターネットは情報の坩堝だ。たった一石投じるだけで、それは全てを呑み込み、世界へと拡散される。
心の中で、声が響く……『なぜ、こんな男を選んだのか』最初は自問だったが、次第に変わった。『なぜ、こんな男を許すのか』指がキーボードを叩く音が、部屋に響く。冷徹な計算が、瞳を鋼のように硬くする。宝石のデザインのように、人生も再設計できる。私は微笑んだ……それは、復讐の始まりの笑みだった。
グラスのワインを舌の上で転がし、ゆっくりと喉に滑り込ませた。渋みが胸の奥を焼くように熱い。深呼吸して、インスタグラムの偽アカウントを開く。@Forbidden_Glow_2026。プロフィール画像は傷跡のサファイアだけ。フォロワーゼロの、誰にも気づかれない影。
まずは田川亜美がグループLINEに送ってきた夕日の画像をスクリーンショットで保存したもの。逆光のシルエットで手を繋ぐ拓也と麻里奈。キャプションを打ち込む。「カウントダウン」ハッシュタグは#幸せ#恋人#絶望。投稿ボタンを押す。
画像が静かにアップロードされる。初めは無関心だったユーザーも、#絶望というキーワードに足を止めた。他人の不幸は蜜の味。コメント欄に、すぐに「これ誰?」「絶望って何?」「幸せそうだけど……?」と文字が並び始める。私はワインをもう一口。グラスを傾けると、赤い液体が揺れて、血のように見えた。
私はワインをもう一口含み、画面をスクロールした。投稿のコメント欄はすでに火が燻り始めていた。
「この人、ティファニーの指輪の人じゃない?」
「彼とのペアリングだって言ってたね」
麻里奈さんがかつて投稿した、ダイヤモンドの指輪がスマホの中で輝く。
「限定品じゃん」
「羨ましい!」
「彼氏ロンドン駐在だって自慢してたよね?」
麻里奈のアカウント@sasag_mari_7に気づいたユーザーが、次々と書き込みを投げ込んでいる。彼女の過去投稿が掘り返され、ブランドバッグ、高級レストラン、霧のロンドン街並み……すべてが「彼氏とのデート」として語られていた。コメントは加速し、スクリーンショットが拡散されていく。
──彼とのペアリングだって言ってたね。
その一文が胸を刺した。麻里奈は、拓也を「兄」ではなく「彼、恋人」と認識していた。投稿の裏側に隠された言葉は、甘く、罪深く、明確だった。私はグラスを置き、深呼吸した。ワインの渋みが、喉の奥を焼く。
ここからが本番だ。ダイヤモンドが煌めく指輪の刻印を投稿し、私は偽アカウントのコメント欄に、匿名で書き込んだ。
「このリング、兄妹でペアにしてるって本当?」
指輪の画像に#兄妹#ペアリング #T&M Foreverとハッシュタグを付け、投稿。すぐにリプライが殺到する。麻里奈さんの指に輝くダイヤモンドの指輪は、賞賛や祝福であると共に、羨望や妬みの対象でもあった。ネットユーザーたちは麻里奈さんの正体とその真意を暴こうと、リサーチを始めた。
「女の子はmari、まりちゃんかな」
「いや、妹とペアリングとかないわ」
拡散は止まらない。#偽りの恋人たち がトレンド1位に躍り上がり、#絶望 が急上昇。まとめアカウントが次々と記事を上げ、スクショがXとインスタグラムで飛び交う。コメント欄は「兄妹?」「マジで近親?」「ヤバすぎ」と荒れ狂っていた。
そこで私は、偽アカウントから佐々川家の門の画像をアップした。重厚な鉄門に刻まれた家紋、屋敷のシルエットがぼんやりと映る一枚。投稿から数分で反応が爆発した。
「佐々川」
「佐々川ってなに?」
「佐々川財閥ってありますよね」
佐々川の社屋画像がアップロードされた。全面ガラス張りの15階建て。陽光が乱反射し、存在感を放っている。
「お嬢様かよ!」
「知ってる!佐々川麻里奈!」
「Mじゃん」
麻里奈の知人らしきユーザーが現れ、過去の投稿を掘り返し始める。彼女のブランドバッグ、高級レストラン、ロンドン旅行の写真が次々とリポストされ、#禁断の関係#兄と妹、徐々に疑惑が連鎖する。私が手を下さなくとも、雄弁なユーザーたちの手によって炎は広がった。
燃え盛る炎は鎮まらない。佐々川社員の誰かが、社内広報誌をアップロードした。見開きで爽やかに微笑む佐々川財閥次期社長、佐々川拓也……彼がTであることに誰もが驚いた。
「マジか、兄貴かよ」
「ないわ〜、兄妹でペアリング、きもっ!」
私はそのタイミングを待っていた。偽アカウント@Forbidden_Glow_2026から、新たな投稿をアップロードした。
動画は短く、応接室の暖炉の灯りが揺れる中、拓也と麻里奈が抱き合い、熱い口付けを交わす瞬間。兄妹の境界が溶け落ち、男と女の欲望だけが残る、決定的な一瞬。音声はクリアで、麻里奈の甘い「お兄ちゃん……」が響く。
#家政婦は見た、そのハッシュタグにネットユーザーたちは息を呑んだ。
投稿から数秒でリポストが始まり、コメント欄が爆発した。
「え、マジで兄妹?」
「ヤバすぎる」
「これ佐々川家の?」
「近親相姦確定?」
「財閥崩壊くるわ」
「証拠動画キター!」
#家政婦は見た が瞬時にトレンド1位に躍り上がり、#偽りの恋人たち と#絶望 が連動して急上昇。まとめアカウントが動画を切り抜き、Xで100万RT。翌朝にはワイドショーのテロップが踊り、昼には経済ニュースが『佐々川財閥後継者に衝撃の近親疑惑』と報じ始めた。
会社には問い合わせのメールと電話が相次ぎ、対応に追われた。
「佐々川財閥のスキャンダルは本当か」
「近親相姦の動画は事実か」
「今後の事業継続性はどうなる」
内容はどれも同じだった。緊急に役員会議が開かれたが、時すでに遅しだった。
会議室のスクリーンに映る株価チャートは、急落の一途を辿っていた。投資家は一斉に離反し、取引先からは「今後の取引について、慎重に検討させていただきたい」という丁寧な拒絶の文面が届き始めた。佐々川グループの株はストップ安。
「お騒がせして……大変申し訳……ございませんでした」
拓也は役員、病床の父親、泰造と共に深々と頭を下げた。激しいフラッシュが焚かれ、報道陣のインタビューは止まることを知らなかった。
バックヤードでは泰造が拓也を杖で叩き、震える声で吐き捨てた。「馬鹿者……お前が、ワシの血を汚した」拓也は膝をつき、額を床に押しつけた。顔は青ざめ、唇が震える。泰造の杖が再び振り下ろされ、鈍い音が響く。
「麻里奈はワシの娘だ。お前の妹だ。それを……お前は!」
泰造の声は、怒りと絶望に塗れていた。叩くたび、拓也の体が小さく震えた。
「継承は取り消しだ!佐々川の名は、お前には重すぎる!」
拓也は顔を上げられず、ただ床に額を擦りつけるだけだった。
「ワシの血を……お前が……」
老いた瞳から、初めて見る涙が零れた。杖が床に転がり、乾いた音が響く。言葉は途切れ、泰造は力なく座り込んだ。役員たちは顔を見合わせ、誰も声を上げられなかった。報道陣のフラッシュがバックヤードの扉を叩く音が、遠く響く。
一方、麻里奈は自室に篭り、スマートフォンを震える指で握り続けた。インスタグラムの投稿を削除し、ストーリーを消し、DMをブロックし——けれどそれは無駄な努力だった。スクリーンショットされた兄との蜜月が、次々と拡散され続ける。すべてが世界中に晒され、コメント欄は毒に満ちていた。
「兄妹でこんなことしてたの?」
「近親相姦確定」
「佐々川家終わったな」
麻里奈はスマートフォンをベッドに投げつけ、両手で顔を覆った。涙が指の間から溢れ、頰を伝う。喉から嗚咽が漏れ、声にならない叫びが部屋に響く。
私はワイングラスを空にし、ゆっくりと息を吐いた。胸の奥で、何かが静かに砕け散り、そして新しい光が生まれた。
#不倫
#医者