テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
1,000
最初に忘れたのは、君の声だった。
時々、何かを忘れる。
小さなことから、少しずつ。
昨日食べたもの。
さっき読んだ本の内容。
友達と交わした会話。
でも、それとは違った。
君の声を思い出そうとした瞬間、
頭の中にぽっかりと穴が空いたみたいに、何も出てこなかった。
どんなふうに笑っていたっけ?
どんな声で、名前を呼んでくれた?
思い出せない。
あんなに大切だったはずなのに。
君を忘れていくことが、
君との時間が、なかったことみたいに消えていくことが、
とてつもなく怖かった。
だからノートに文字を書くようにした。
消えてしまう前に。
壊れてしまう前に。
君がそこにいた証を、最後まで紡いでいたかった。
ノートに文字を書けば、少しだけ安心できた。
「今日は、君と見た空を思い出した。」
「君は炭酸が苦手だった。」
「笑うと、少しだけ目が細くなる人だった。」
一つ書くたびに、君が消えずにいてくれる気がした。
けれど、ページが増えるたびに、
思い出せないことも増えていった。
君の好きだった曲。
君の口癖。
君と最後に話した日の空の色。
何かを書くたび、何かが零れ落ちていく。
まるで、記憶と引き換えに文字を紡いでいるみたいだった。
それでも、書くことをやめられなかった。
君を忘れたくなかった。
たとえ最後に、私自身が全部を忘れてしまったとしても。
それから何日経っただろうか?
もう、君の顔も思い出せない。
名前を呼ぼうとしても、
声にならなかった。
いや、声に出せなかった。
それでも。
このノートだけは、手放せなかった。
ここには君が今も、生きているから。
たとえ、忘れても。
誰かが覚えていてくれるなら、きっと君は消えない。
だから。
この物語を、最後まで紡いで。
――次は君の番。