「えー私十一時から観たいのあるんだけどー。てか、あんたさっき家の入るって言ってたじゃん!」
「めんどくなった。蓮ん家の入ってから帰る」
はぁ?
あんなに『入らない』って言い張ってたのに、どういうことよ。
まぁいいや。
「蒼も観たいのあるの?」
「別にないけど。普通お客さんが一番風呂もらうもんだろ」
「うるさい。あんたはお客じゃなくて、転がり込んできただけでしょ」
じゃあ先もらうからー、と言い残すと、蒼は手だけ上げて悠々と振った。
と思ったら、くいくい、っと指を動かす。
こっち来い。
って手招きしているように見える。
なによ…こっちは早く入りたいのに…と、しぶしぶソファの背もたれごしに近づくと、
ぐいっ
と、急に腕を肩に回されて、引き寄せられた。
「じゃ、一緒に入らね?風呂」
は…!?
と、突然なに言いだすの…!?
またふざけて私をからかうつもり…!?
と思って見やると、予想に反して真剣な顔の蒼に出会って、ドキッとなった。
「な、なに言うのよ…!」
「いいじゃん。…だって『家族』なんだろ」
「あんた男でしょ…!」
ニッと蒼は口端を上げた。
「へぇ、男って意識してくれるの?…てっきり『弟』くらいにしか思われてないのかなって思ってたけど。だって、まだそんな格好だし」
ちら、と蒼が視線をやったのは、無理矢理引き寄せられたことで、大きく空いてしまっているカットソーの衿。
わ…気づかなかった…。胸が見えそう…。
『人前でそういう格好するのやめろ』
さっき蒼が口うるさく説教してきた言葉を思い出す。
こういう意味で言ってたのか…。
そう気づいた途端、ズクンと嫌な緊張を覚える。
ちゃんと着替えようとは思っていたけど、タイミングが無くて…。
だって、蒼がお腹すいたって…急に抱き締めてくるから…焦って…。
怯えた目で蒼を見つめた。
鋭い目は、どこか冷やかな雰囲気を発している…。
なんか変だ…蒼…。
どうしよう…と思ったその時、ニヤリ、と蒼が笑った。
「なんて、冗談だけどな」
「え…」
「いくらなんでも一緒の風呂に入れるなんて思ってねぇよ。ガキの頃じゃあるまいし」
からかうような口調だ。
「なに本気にしてんだよ。もしかして、ほんとに入る、って思ったのか?あっはは。んなわけねぇじゃん。そんなことしたら、俺ヘンタイだろ。やっぱガキだな、蓮は」
きょとんとしていた私だったけど…
一気に爆発した。
「蒼のバカッ!バカっ!!バカっぁあ!!!」
バシ、ベシ、ドン!と思いっきり蒼を叩いて離れると、私は脱衣場にこもった。
ムカつく。
びっくりした…!
ムカつく!
いくらからかうって言ったって、どうしてあんな…あんなドキドキするようなことするの…!?
あんなからかい方しなくてもいいじゃない!!
ツン、と鼻が痛む。
ってなんで、こんな気分にならなきゃいけないのよ…!
なんだか、今日の蒼はヘンだ。
学校帰ってから、ずっとヘンだ。
いつもの蒼じゃない。
世話焼いてきたり、ヘンなこと言ったり、したり…ぜんぶ私がドキドキすることばかりして、からかってきて…!
いつもは、こんなにイジワルじゃないのに。
いつもはもっと冷静で、もう少し私に優しくしてくれるのに…。
いったいどうしちゃったの?なに考えてるの、蒼…。
目に入った風呂場のデジタル時計は、余裕のない時間を表示している。
…とにかく、お風呂入らなきゃ。熱いお湯に入れば、気分もさっぱりするはずだ。
ごしごしと無我夢中で身体を洗う…けど、一度自覚してしまった意識はぬぐいとれなかった。
今更だけど、気づいてしまった。
蒼は『男』なんだ、って。
解かってたつもりだけど、本当は全然解かってなかったんだ、私。
大きな身体や低い声をしていると知っていても、『へなちょこ蒼ちゃん』のカバーが私の目に貼りついていたから。
けど、あの鋭い、オオカミみたいな目が、それを引き剥がしてしまった。
もう私の目には、蒼が『男』にしか見えなくなってしまった…。
それも、とびきりカッコよくて、色んなことにうわてそうな、アブナイ男の子に…。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!