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時間ぎりぎりまで熱い湯につかってから上がると、洗面所で部屋干ししていた洗濯物を全部下ろして、その中のTシャツとハーフパンツを着た。
これなら大丈夫かな…。
次は蒼が入るから、とお客様用のボディスポンジやせっけんを出して、リビングに戻った。
「…お風呂いいよ、蒼」
「早かったなー。ちゃんと洗ったのか?」
「洗ったってば…!ほら、これ貸してあげるから、後は自由にして」
「お、さんきゅ」
ゆっくりとソファから立ち上がると、蒼は私をまじまじと見降ろした。
そして、ニッと笑った。
「なによ」
「いや。風邪ひくから、ちゃんと髪乾かせよー」
子どもじゃないんだから、わかってるわよっ。
けど、もう十一時だ。
急いでチャンネルを回すと、もう番組は始まっていたので、そのまま見始めた。
しばらく見入っていたけど、
あ、そう言えば…
不意に、はっと気づいた。
蒼のバスタオル、用意しとくの忘れてた…。
脱衣場には私と美保ちゃんが使っているやつしかなかった。
蒼に私のを使わせるのは、なんだかイヤだった…。
いそいで二階からまだ使っていないバスタオルを持ってくる。
脱衣場に入ると…
「わっ!」
「きゃっ!!」
すでにお風呂から上がっていた蒼と、ばったり鉢合わせしてしまった…!
さいわい…下はジャージを履いていたけど…
上半身は素っ裸だった…!!
思わず手で顔を覆いそうになったけど…男の子なんだからそれはヘンに意識し過ぎだ、と思ってこらえる…。
けど、まともに見るのは恥ずかしいほどに、
蒼の身体は男らしさにあふれていた。
広い肩幅からうっすら割れているウェストにかけて、きれいな逆三角形になっていて、
いつも部活で見ているはずの腕も、こうしてみると筋肉で筋張っていて、いっそう力強そうに見える。
それなのに、肌はすべすべして光っていて、まるで美術品の像みたいに綺麗だった。
「…びっくりさせんなよ、蓮。やっぱり一緒に入りたいとか言っても、いまさら無理だぞ」
「だ、誰が…!私はただ、バスタオル忘れたから…」
「バスタオル?」
器用に片眉を寄せながら、蒼は濡れそぼる頭からタオルをかぶった。
って、そのバスタオル…
私が中学生の頃から使ってる、キャラもののネコちゃんのだーっ!
洗濯が間に合わなかった時にたまに使っている、キラキラおめめと長いまつ毛をした黒ネコちゃんバスタオル。
蒼の男らしい身体とのギャップが、すごいよ…。
「そ…それあたしのバスタオルなんだけど…」
「だろ?おばさんのは使えないと思ってさ。おまえ、まだこんなガキ用みたいなの使ってんだな。なんだよこのキャルンキャルンしたネコちゃん。ぷっ。ギャップ激しいな」
「それはこっちのセリフっ!もう!返してよっ」
かぁああと恥ずかしくなって、思わず駆け寄って手を伸ばした。
けど、その手はネコちゃんバスタオルをつかむことなく、
スッ
とバスケでつちかった動きなのかなんなのか、さっと身を引かれて、あえなく空をつかむ…。
そして、その拍子にバランスを崩して、
ぺちん
って倒れ込んでしまった。
蒼の胸に…。
ふわっと香る、せっけんの匂い。
手の平や頬に感じる、すべすべの硬い肌…
あ、熱…っ
なによりも、お風呂上りのせいなのか、すっごく熱くって、火傷したかのように、咄嗟に離れた。
「ご、ごめん…!バランス、崩しちゃって…」
もう、蒼の顔がまともに見れなくて…真っ赤になってうつむいたまま言うと、
「いいよ、別に」
ぽん、と子供をあやすように、頭を撫でられた。
「バスタオル、新しいの持って来てくれたのか?ごめんな。俺気づかなくて、勝手に使っちまったな。ありがと。じゃあこっち使わせてもらうわ」
と、新しいバスタオルを取ると、ネコちゃんの方を私の頭の上にかぶせて、ショールのように包んだ。
「てかおまえ、髪乾かせよ。風邪ひいちまうだろ」
そして、のぞきこむように微笑むと、ごしごしとふざけるように髪を拭いて、脱衣場から出て行った…。
私はバスタオルをかぶったまま、しばらく立ち尽くしていた。
ドキドキが止まらなくて…
蒼の優しい微笑が頭に焼き付いて…
苦しくて…。どうしようもなくて…
火照る顔をネコちゃんで隠すと、ふわりといい香りを感じた。
蒼から香ったのと同じ、せっけんの匂いだった。
蒼と同じ空間に戻るのは時間が必要だったので…私は大人しく髪を乾かしてからリビングに戻った。
蒼はソファに座って麦茶を飲んでいた。
見たかった番組はもう少しで終わろうとしていた。
けど、
もうそんなことどうでもいいくらいに、私は緊張していた。
蒼から離れた場所に座る。
「なんでそんなところに座るんだよ。テレビ見えなくね?」
「…見えるよ」
「こっちこいよ」
「あっ…」
手を引かれて、隣に座らされた。
拍子に蒼の腕に肩が当たる…。
それだけで、私は病気にでもかかってしまったように顔が赤くなる。
「…もう帰れば?だいぶ遅い時間だよ」
そんな自分の変化を蒼に気づかれたくなくて、ついつっけんどんな口調で言ってしまうけど、
蒼は寛いだまま麦茶に口をつけた。
「いいじゃん、たまに。おばさんだってまだ帰ってこないんだし」
私は明らかにがっかりしてしまう。
もうこれ以上蒼と一緒にいたくなかったから。
いられない、って思ったから。
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