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#追放
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このころのエンドアは、均衡の上に成り立っていた。
北には大イヴァール帝国。
南には、いくつもの藩王国。
互いに争い、まとまることはない。
――そこに、東エンドア株式会社はつけ込んだ。
争いを煽り、武器を売り、私兵を置く。
勝者にも敗者にも貸しを作り、
気づけば、誰も逆らえない立場に立っている。
そして統治は徹底していた。
現地の文化も、風習も、言葉も無視し、
エスカリオ王国の法律と制度を押しつける。
支配とは、力ではなく“仕組み”だった。
――それを、マルコスは静かに語った。
カルドは腕を組み、吐き捨てるように言う。
「で、どうすりゃいいんだ?」
「親分がここにとどまればいいんじゃないですか」
「よそもんが統治なんてできるのかよ」
「けど、親分がいなくなれば、またあいつら来ますぜ」
「……いても来ると思うけどな」
短い沈黙。
カルドはふと、マルコスを見た。
「ところでよ」
「はい?」
「なんでお前、エスカリオ語しゃべれるんだ?」
マルコスは、少しだけ困ったように笑った。
「旦那には、はじめて言いますが――」
一拍、置く。
「これでも私、この街の貴族なんで」
空気が変わる。
カルドは一度、マルコスに街を任せることも考えた。
貴族で、土地の事情も知っている。
これ以上適任はいない。
――だが、やめた。
「せっかくなんでな」
軽くそう言って、
港で書記見習いをしていたコピットを呼びつけた。
「統治ってやつ、本気で考えてみるか」
「え、俺っすか?」
「お前、字読めるだろ」
「まあ……」
机の上には、押収した帳簿と法令が山のように積まれていた。
めくる。
読む。
まためくる。
「……こりゃあ、商人ってより役人だな」
カルドは顔をしかめた。
「なんで徴税までやってんだ、しかも――えげつねぇ」
コピットが小さくうなずく。
「税じゃないっすね、これ。取り立てっす」
調べれば調べるほど、見えてくる。
関税、通行料、保管料、罰金。
名目はいくらでもある。
だが、そのすべてが、
逃げ道のない形で組み合わされていた。
払えなければ借りる。
借りれば縛られる。
縛られれば、逃げられない。
「……よくできてやがる」
感心したように、カルドはつぶやいた。
そして、ふと止まる。
「なんだ、これ」
指先が、ある一行の上で止まっていた。
「――失権の原理?」
コピットが覗き込む。
「権利を……失う、って意味っすかね」
カルドは黙ったまま、続きを読む。
顔から、わずかに笑みが消えた。
「……なるほどな」
ぽつりと、そう言った。
そのとき――
扉が、叩かれた。
「誰だ」
「お客様がまいられました」
マルコスが扉の向こうで声をかける。
一拍。
そして、ゆっくりと告げた。
「……私は、ターティヤー・トーペー」
室内の空気が変わる。
「こちらは――マラヤー王国国王、ナーナー・サーヒブ様にございます」
扉が開いた。
入ってきたのは、武人の気配をまとった男と、
それを従えるように立つ一人の王。
マルコスは静かに後ろへ下がり、控えた。
ナーナー・サーヒブは、カルドをまっすぐ見た。
値踏みするでもなく、威圧するでもない。
だが、視線は一歩も引かない。
そして、いきなり言った。
「彼女を助けてほしい」
カルドは眉ひとつ動かさない。
「誰だ」
短く問う。
ナーナーは、ためらわなかった。
「ラクシュミー・バーイー」
一歩、踏み出す。
「ジャンシー藩王国の王妃だ」
沈黙。
カルドは、何も言わない。
だがその目だけが、わずかに細くなった。
――なぜ、俺のところに来た?
そう問いかけている。
ナーナー・サーヒブは、それを理解していた。
「もうこの国は爆発寸前だ」
「我々はもう止めることはできない」
「そしてみんな死ぬだろう」
部屋の空気が張りつめる。
カルドは、まだ何も言わない。
ただ、ゆっくりと椅子に背を預けた。
そして、初めて口を開く。
「エスカミオ人」
ナーナーの頬に涙がつたう。
「我々を救ってくれ」
沈黙。
その一瞬で、すべてが決まった。
カルドは、答えない。
歴史は、動き出した。
ラクシュミー・バーイーは
王ガンガーダル・ラーオとの間に一子をもうけた。
だが、その子は幼くして世を去った。
王もまた失意のうちに病に伏し、
彼女は藩王国存続のため、養子ダーモーダル・ラーオを迎えて奔走する。
しかし、実質的にインド支配を押し進めていた東エンドア会社は、
後継者なき藩王国は会社に帰属するという
「失権の原理」を盾に、
ジャーンシー藩王国の併合を進めた。
それは、末期養子を認めず家を断つ、
冷酷な無嗣改易にも等しいものであった。
王が病没すると、
ジャーンシー藩王国はついに東エンドア会社に接収される。
城の明け渡しを迫られたとき、
ラクシュミー・バーイーはきっぱりと言い放った。
「我がジャーンシーは、決して渡さない」
戦いは、始まった。
ナーナー・サーヒブはカルドをまっすぐ見た。
「あの日、お前が灯した炎――」
「我らが見失っていたものだ」
一拍、間を置く。
「あれは……我々にともった、最後の希望の灯なのだ」