余命宣告を受けた彼&彼女
Side彼女
空はすっかり薄暗くなり、オレンジのグラデーションになっていた。
早く帰ろう、と手に持った袋の中を気にしながら私は家路を急いだ。
「ただいまー」
「おかえり」
リビングのほうから声が聞こえる。慎太郎はソファーに横になっていた。最近は起き上がっている時間のほうが少ない。
「すぐご飯作るね」
少し仕事の帰りが遅くなったからそう言うと、「急がなくていいよ」と優しい返事があった。
「それなに?」
ダイニングテーブルに置いた紙袋を見て、身体を起こした彼が訊く。
「うーん……まだ内緒」
えー、と残念そうに言った。
「今日はダメだよ」
そして中身を冷蔵庫に入れた。
「いただきます」
ふたりで手を合わせ、声を揃える。今夜のメニューはパスタだ。
「美味しい」
ニコッと笑って言ってくれる。この笑顔があるから明日も頑張ろうと思えるんだ。
「今日は何してきたの?」
彼が訊いてくる。普段は家にいるから、よくこのことが質問される。
「普通に仕事」
ハハッと笑う。前は仕事をしていたのだが、今は辞めている。
私もそろそろかな、なんて考えていると、
「俺はね、ちょっと散歩に行った。疲れたからすぐ帰ったんだけど、途中でわんちゃんがいてね。あれは秋田犬だった。もふもふでかわいかったよ」
犬好きの彼は嬉しそうに報告する。
「良かったね」
微笑んで言った。
食べ終わると、忘れっぽい彼に釘を刺しておく。
「薬飲んでよ」
はいはーい、と適当な答え。「そっちもね」
それぞれ抱えている病気。それぞれの身体をむしばむ癌の痛みを和らげる薬が毎日必須だ。
「あー苦い。ほかのに変えたい」なんてまたぶつぶつ言っている。
なんでふたり一緒になったかと言うと、私は「もうすぐ死ぬ自分じゃなくても、ちゃんとずっと憶えていてくれる人のほうがきっといいのに」って思っていた。
でも彼は「旅立ってもすぐ来てくれるから一緒にいたい」と私を選んでくれた。
病気の進行度は彼のほうが早い。だから時間的には私より先に行く。なのに悲観することもなく、かえって明るく振る舞う。
ふたりとも治ることはない。永くはない。
でも何気ない日々の一瞬一瞬が輝くように見えるのは、紛れもなく彼のおかげだ。
続く
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