絶え間なく大百足の雷が私の皮膚を切り裂き、『七つの罪源』を掠めて後方の小屋を破壊させる。
『gura』で何度か吸収しているとは言えど、全て無効化させるのは至難の業だ。
「………まずいな」
大百足の攻撃に、私が防御を行う音。その騒ぎを聞きつけた集落の住民が続々と集まってきている。
中には子供も数人、もっと近くで見ようと雷の射程内近くにまで踏み込む住民も居た。
もし大百足の雷が住民にまで届けば、大惨事になるのは簡単に予想出来る。どうにかしてこの場から離れるよう警告したいのだが………、
「………っが!!」
視線が逸れた途端、雷がガントレットと横腹に直撃し、私は思わず声を漏らした。少し怯んでしまったが、舌を噛んで気絶を回避した。
―――警告する余裕が無い。雷から自分自身を護るのに精一杯だ。
妖術師の治癒は確かに効いているが、それよりも負傷するスピードが早く、ギリギリ間に合っていない。このペースで攻撃を受け続ければ確実に死ぬ。 ………創造系統偽・魔術師は、晃弘はまだ来ないのか。
「いや、今は私一人で……!」
ガントレットに、『七つの罪源』に今まで貯め込んだ全力を注入し、一気に放つ。それが今の私に出来る必殺の一撃。
正直、これ以上この場を持ちこたえる事は難しい。なにせ相手は龍をも恐れる伝説の妖だ、逆にここまでよく戦ったと自分を褒めたい。
そう私は思っていた。
大百足が誰よりも早く異変に気付き、私より遠い場所目掛けて雷を放つ。その雷は家屋を越え、森の奥深くへと突き進んだ。
勿論、雷の射程内にいた私も巻き込まれそうになったが、大技の為に貯めた妖力と魔力でどうにか防ぐことが出来た。
なんて私の安否確認なんてどうでもいい、今は大百足の意味不明な行動を理解しなければ―――、
「…………………聞こえる」
私の背後、と言えるほど間近ではなく、更に更に遠く離れた地点。大百足が気付き、雷を放ったであろう場所。
その方向から、聞き覚えのある音がする。パラパラと大きな音を立て、巨大な鉄の物体が高速で風を切って飛行する。
ヘリコプターに似た音だが、何か違う。より重く、より大きい機体でプロペラの音が重なって聞こえる。
「………垂直離着陸機、オスプレイ」
回転翼を使いヘリコプター同様の垂直離陸能力がありながら、ヘリコプターを超える航続性能と速度能力を持つ 航空機。その オスプレイの運用国は米国と日本国のみ。
何故、今このタイミングでオスプレイが飛んでいる?………普通ならたまたま通り過ぎるだけだと思うが、この辺りに米軍の、ましてや自衛隊の基地など無い。
今飛行しているオスプレイがどちらかの国のモノだとしても、厄介なのに変わりはないだろう。
米国は、妖と妖術師に魔術師と言った非現実的な能力を資源に活用、もしくは軍事力 への利用を企んでいるかもしれない国。
そして日本国は、日本政府は特殊対魔術師殲滅組織『Saofa』の魔術師討伐作戦に対して軍の介入を行わない変わりに、様々な魔術師絡みの事件を ”ただの事故” に書き換えたりしている。
―――米国の場合は妖と妖術師に魔術師を調査する為の拉致。日本国の場合は『Saofa』を見捨て切り離し、全て無かった事にする=関係者と妖術師の抹消。この二つを目的とする可能性が十分にある。
「………日の丸に陸上自衛隊の文字。間違いなく自衛隊員だ」
木々から姿を現したオスプレイを視認した瞬間、私は余った力で地面を駆け、元来た道目掛けて走り抜ける。
「急いで創造系統偽・魔術師と晃弘さんを連れて離脱したいが………気になるな」
ついでに「小型イヤホン」を錬成し、遠くの会話が聞こえるようにして地面に伏せて身を隠した。
京都の魔術師を呼ぶ予定だったが、まさか別の介入が現れるとは思っていなかった。
そしてやはり、私の読みは正しかった。オスプレイが切り開かれた広大な土地にその機体を着陸させた時、中から大人数の軍人が銃を構えてぞろぞろと出て来た。
恐らく妖と妖術師、魔術師に対抗するべく集められた先鋭隊の者達だろう。明らかに民間人を助ける為に来た感じでは無い。
「は……早くアレを退治してください!家と作物に被害が出る前にお願いします!」
そんな事を知るわけが無い民間人の 一人が自衛隊員に助けを求めていた。それをキッカケに、そこにいた大勢が隊員に対して大百足の駆除を急ぐように騒ぎ始めた。
「………やれ」
大勢の、 多くの声が聞こえる中、私は低い声の一言だけを聞き取った その瞬間。 隊員の数人が民間人に向けて銃を構え、一斉掃射を開始した。
「私とした事が……!」
………判断を誤った。術師である私が狙われていると、流石に民間人には攻撃しないだろうと思い込んでいた。
小さな集落全体に銃声が鳴り響き、民間人の悲鳴や苦しみ悶える声が至る所から聞こえる。
私はすぐに立ち上がり、大百足を無視して猛スピードで隊員の近くにまで接近した。
「な、なんだお前は!」
一人の隊員が私を見てそう叫び、その声を聞いた複数の隊員が銃を向け、射撃体勢に入る。銃口を向けられる感覚は久しぶりだ。
腕に装着しているガントレットが風を切り、叫んだ隊員の顔に直撃する。妖力と魔力が込められていないパンチとは言え、ガントレットは相応の威力を発揮した。
その攻撃を顔面で受けた人の体は、粉々に砕ける。頭蓋を割り、隊員の頭はまるでゼリーのように柔らかくなって吹き飛んだ。
「き、 貴様ァ!!」
隊員の一人が殺された事に焦りを抱いた男が、私の体に対して正確に銃口を向けた。次に弾丸が放たれ、その弾は私の肩を貫通して抉る。
しかし、私は怯まずに一歩力強く踏み込み、男の腹部に力いっぱいの殴りを炸裂させる。
先程の隊員同様、男は遥か遠くまで吹き飛び、着地と同時にその場で悶え苦しむ姿が見えた。
「これは、相当マズイな……」
私はふと冷静になり、辺りを見渡す。
頭に血が上って猛スピードで隊員に攻撃を仕掛けたが、知られていなかった姿を自分で晒し、尚且つ大百足に見つかってしまった。
「…………ッッ!!」
私を見つけた喜びか、甲高い声で鳴いた後に再び雷を広範囲に放つ。
私は寸前の所で回避し、妖力を吸い込むことに成功した。しかし、雷に対して自衛の方法を持たない複数の隊員は直撃し、口から煙を出してその場で倒れた。
そして、一部始終を見ていた司令塔らしき人物が、背中に背負っていたバッグの中から何かを取り出す。
細長く、妖術師の持っていたモノと同じ。
「―――奴を斬る」
人々の血肉に反応した大百足が大暴れしながら、また赤黒く光る稲妻を一点に向けて放った。
その射線上に居るのは、バッグから取り出した白い棒の様なモノを構えた一人の隊員。
「―――『天照』」
白い棒の様なモノはどうやら刀だったらしく、鞘と刀に分かれて美しく輝く刀身が丸見えになる。
そして隊員の抜刀術は素晴らしかった。まさしく剣鬼の如く凄まじい速度で刀を抜き、雷を受け、払わず返す事に成功する。
隊員に傷など一つも付かず、大百足は自らの雷で甲殻を溶かす羽目になった。
「―――『鶯』」
一歩で大百足に急接近した隊員は、巨大な足の三本をあっという間に斬り、創造系統偽・魔術師ですら溶かすのに精一杯だった甲殻を容易く一刀両断した。
突然の攻撃に驚いた大百足は悲鳴を上げて、周囲の木々をなぎ倒し、更に暴れ始めた。 妖力の枯渇など気にせず、四方八方に雷を撒き散らす。
「―――『逢魔が時』
しかし隊員は恐れる事など知らず、迫り来る雷を刀で全て弾き、何も無かったかのように凛とした顔でその場に立っていた。
やがて大百足は気力を失い、暴れる事を忘れて動かなくなった。大きく開いた傷口から妖力がとめどなく流れ、遂に大百足はその命が尽きた。
―――闇夜を跋扈する大百足。別陣営の介入によって、討伐。
「………つまらないな」
キン、という音を立てて刀を鞘に収めた隊員は、血だらけで怪しいガントレットを付けている私の方向に向かってきていた。
このまま走って逃げる策もあるが、多分あの隊員にその方法は悪手。大百足を倒した時の俊足で迫られて終わりだろう。
どうする。他に比べてあの隊員だけは存在感が違う、異質な力を持っている。逃げる事は不可能。私とは格が違う。
「何か………用でも?」
私は全力で喉に力を入れ、隊員の機嫌を損ねない事を目的にコミュニケーションを試みた。
どうやら私が話しかけた事が以外だったのだろう、目の前の隊員は少し驚いた表情でこちらの問いかけに答える。
「貴方が日本最強の妖術師、間違いありませんね?京都までご同行願います」
そう言って隊員はいつの間にか抜刀した刀を私の首に近づけ、有無を言わせない状況に私を追い込んだ。
………だが、有無を言わせないより大前提として、
「………私は錬金術師だ、妖術師では無い」
そのような大きな責任と名前を背負ったつもりは無い。世界を救う妖術師の名は彼一人で十分だ。
私の言葉に対して最初は疑いの目を向けていた隊員だが、腕に装着しているガントレットと体の内側に流れる魔力を感知したのか、隊員は少し焦りの表情を浮かべていた。
「…………す」
間違いに気付いた隊員は少し俯き、ボソッと声を漏らした。
「…………す?」
「………す、すすすすすみませんでした……ああ、あのあ、凄く……強そうだったので……かっ勘違いしてしししまいましたたなたた………」
「……………。」
凄い、何がとは言わないが、凄いアレだ。この人は極度の人見知り、だ。 隊員が喋れば喋るほど、先程までの威厳は消え失せ、白い刀を握るただの小鹿に見えて来た。
私に謝罪した後も、何か小さい声でブツブツと呟き、何度も頭を下げている。
「あ〜……大丈夫、間違いは誰にでもあるさ。この失敗を経験に、次に活かして行けばいい」
何故、私は得体の知れない、大百足を一撃で葬った化け物を律儀に励ましているのだろうか。
……しかしこの隊員。よくよく見ると妖術師より少し身長が高く、創造系統偽・魔術師より若く見える。
「失礼、君の年齢は?見た感じ他の自衛隊員と比べて少々若く見えるから気になってしまって」
「ぼぼぼ…ぼ、僕は……19歳で、す。今回の作戦に向けて………と、特別部隊に最年少で入隊し………あっ」
どうやら話している途中で気付いたようだ。 凄く大事な情報が次から次へと漏れている。それも大百足と戦っていた怪しい錬金術師に。
慌てふためく隊員は持ってきた刀を突然抜刀し、もう一度私の首元に近付けた。
「………こ、口外禁止ですよ?絶対に知られちゃいけない事なので……」
隊員のその言葉に対して私は肯定の意思を見せた。それが伝わったのか、すぐに刀を収めて手を前に差し出した。
最初は隊員の不可解な行動に疑問を抱いたが、その数秒後には彼が握手を求めている事に気付いた。
互いに強く手を握り、友好(?)の証として名乗り合う。
「私は永嶺 惣一郎。一応、日本最強の肩書きを持つ錬金術師だ」
少し恥ずかしく、妖術師ほどまでとは行かないが、 私も日本最強の名を背負っている。
照れ気味に名乗った私の目を真っ直ぐ見つめる隊員は、次は自分の番だと息を吸って、しっかりと自らの名前を名乗る。
「ぼ、僕は獅子堂 和久」
「―――妖術師だ。」
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