瀬戸内さんの性格分析は、正しい。
私は、初対面の人と接する時も基本笑顔を絶やさないように心がけているし、無言を貫くタイプでもない。
だから明るく気さくな人間だと思われがちだが、本当はものすごく人見知りが激しい。
というか、まだ心を許していない段階で距離を詰められるのがとても苦手なのだ。
だから、相手が打ち解けたと思ってちょっと突っ込んだ話をしてきたら、もう駄目。
自然だったはずの笑顔が、途端にはっきりとわかるくらい強張ったものになってしまうのだ。
瀬戸内さんとも、今はこうして軽口を叩いたりプライベートなことを話したりすることができるけれど、最初からそうだったわけではない。
今でこそオンラインでのミーティングが主流になっているけれど、作家としてデビューした当初は、出版社など外で打ち合わせをすることもよくあった。
あれは確か、デビューして初めて書く小説の話をしていた時だと思う。
どういう展開のストーリーがいいのか悩んでいると言った時、瀬戸内さんが言ったのだ。
──先生は、どんな人と恋をして、どんなデートをしたいと思ってます?
普通に考えれば、大した質問ではない。
あまり深く考えず、自分が憧れる恋愛をストーリーにすればどうかと提案しようとしてくれただけだ。
でもまだ先生と呼ばれていることに慣れておらず、緊張しまくりの私に、数回しか話したこともない相手から言われたこの言葉は、私の顔を能面化させるのに十分すぎるほど十分だった。
幸い、瀬戸内さんはすぐに察してくれ、それ以降こういった質問はしなくなった。
(あの時は、瀬戸内さんの編集担当者らしい気遣いにホッとしたよな……)
それから1年以上経って、ようやく私は、好きな乙女ゲームに出てくるキャラとの恋愛を妄想して小説を書いていると言えるようになったのだった。
そういった経緯で、私がなかなか他人に心を開けない、とても面倒な性格だと知っている瀬戸内さんは、まったく遠慮のない話し方で言葉を続けた。
『そういう先生の性格を強いメンタルで受け止められる気の長い人がいればいいんですけど、残念ながら僕の周りにはそういう人はいないんですよね。となると、先生のことを熟知した相手がいいとは思うんですけど、学生時代の友達で今も付き合いのある人とかいないんですか?』
「学生時代の友人とは年に1回会うか会わないか。親友といえる間柄は幼馴染の樹杏(じゅあん)くらいですかね……。異性では皆無です」
『……皆無って響き、ゼロよりマイナスに聞こえますね』
「さすが瀬戸内さん。私もそう思ってその言葉を使ってみました」
『やはりそうでしたか。伊達にアナタと7年も付き合っていませんからね。……って今はどうでもいい話で』
コホンと瀬戸内さんは咳払いすると、気を取り直すようにメガネのフレームをあげた。
『とにかく、出会いがないのであれば作るしかない。……ということで、帰省してお見合いでもされたらどうです? ご実家が動けばお見合い写真がわんさか持ち込まれるかもしれませんよ?』
「お見合いって! 恋愛するよりさらに上の結婚にいっちゃってるじゃないですか!」
『ゼロ日婚ストーリーもなかなか人気ありますからね。悪くないと思いますよ。ネタのひとつとしてアリかと』
「……私の結婚をネタとして捉えないでください……」
『いやいや、それぐらいの気概でいってもらわないと』
「気概って……」
『おっと、ミーティングの時間を大幅に越えてしまいましたね』
瀬戸内さんの言葉に、パソコンの右下にある時間を見る。
するとミーティングを開始してから1時間以上経っていた。
『では最後に、僕の考えをまとめてお伝えしますね。書くことは一旦おいておいて、3次元での恋愛を見つけることに尽力しましょう。そしてその恋でイマジネーションを高め、そうですね……4か月後くらいまでにプロットを作りストーリーを書き始めることができれば、先生と弊社との関係はこれまでどおり続けられること間違いなしです』
「……あの、小説を書くのに3次元の恋愛が必要って、やっぱりちょっと乱暴な気がするんですけど。他にイマジネーションを高める方法があると私は思うんですが……」
『他にあるというのなら、それを実行すればいいんじゃないですか? 僕はあくまでも自分の考えを言ったまでですから』
「うっ……」
ぴしゃりと言われ、思わず言葉に詰まる。
『何度も言いますが、残された時間は約半年しかありません。その間に何をどうするのか先生の心が決まったら、連絡ください』
「……わかりました。数日考えて、ご連絡します」
『よろしくお願いします。それでは本日はこれで。失礼いたします』
「……はい、ありがとうございました」
プツン
音もなく通信が終わり、見慣れたトップ画面に戻る。
ぼんやりとその画面を見つめているうちにじわじわと事の重大さに気づかされ、私は大きくため息をついた。
「……このままだと私、半年後にはお払い箱になっちゃうの……?」
それを回避するためには、これからも書けることを証明しなければならない。
(……でも、そのために瀬戸内さんから出された提案は……)
果たして私に、三次元のこの世界で恋愛なんてできるのだろうか。
10代なら、せめて20歳そこそこなら、勢いで誰かと付き合うこともできたのかもしれない。
でも私はもう28歳。
勢いで突っ走れる年齢ではないことぐらい、恋愛経験のない私でもわかる。
「…………はぁ……今考えるのちょっとムリ……」
ノートパソコンを閉め、マグカップの中に残ったままのコーヒーをシンクに流す。
そしてベッドにゴロンと横たわり、スマホを開いた。
アイコンをタップすると、微笑みを湛えた現在最推しのアレク王子が出迎えてくれる。
『ねえ、今から散歩にでも行かない? ……もちろん、みんなには内緒でね』
「うん、行く行く! ああ……やっぱり二次元って癒される……」
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