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スマホが振動し、瑞奈の名前を表示させると、俺は目を疑った。同時に不安が込み上がる。瑞奈ではない人、たとえば家族であったり警察であったり、はたまたスマホを拾った人が瑞奈に関する凶報を告げてくる……。
俺はゆっくりと息を吸い込んでから、電話の応答をタップした。
「ごめんね、今まで連絡しなくて」
のっけから謝罪の言葉だった。それでも安堵の感情がせり上がってきた。
「瑞奈……」
それ以降の言葉を続けられずに長い息を吐く。
ぺたんと力が抜けたように、俺は部屋のフローリングに腰を落ち着けた。力んでいた全身が一斉に緩んだ気がした。自然と顎があがった。窓枠の外は闇だ。帰宅してから夕食さえ摂っていない。今が何時かも分からない。ただ、だいぶ時間が過ぎていた。その間何をしていたのかさえ思い出せなかった。
「うん……」
言葉数の少ない瑞奈の音声からは、彼女がどこにいるのかさえ推測できなかった。周囲に人はいないようで、彼女の声しか聞こえてこなかった。
「心配してたよ」
瑞奈が、ごめんね、と繰り返した。とても沈んだ声だった。
瑞奈の声を聞くにつれて、違う不安が呼び起こされていた。――別れを切りだされるのか? 実家付近で久しぶりに再会したクラスメイトと運命の恋に落ちる。映画っぽいが、ありえない話ではない。
「まだ帰ることができないの」
瑞奈が苦し気に呟く。別れを告げられる不安に駆られた俺は、喉のすぐそこまで疑問詞が出かかる。どうして? だけど、口から出たのは全く違う言葉だった。
「声が聴きたかった」
本音だ。
帰ってこられない理由よりも何よりも、瑞奈の声が聴きたかった。ずっと、ずっと聴きたくて仕方がなかった。だから繰り返した。
「おまえの声が聴きたかった」
瑞奈が息を吸った気配が送話口から伝わる。逆に俺は息を吐き続けていた。
胸の奥におしこんでいた感情が溢れ、せき止めていた想いが決壊した。
スマホを持つ手の感覚が失われていく。そのくせぎゅっとスマホを握っていた。俺と瑞奈とを繋ぐこのスマホを、絶対に離したくない。瑞奈を離したくない。
「晴翔くん」
瑞奈が言い淀むように俺の名を口にした。スマホを持つ手を持ち替えたような雑音が入る。
どうした?
そう言いたいのに、言えなかった。先を促すのが怖かった。瑞奈が吐露する内容を受け止めることができるのか怯えていた。
瑞奈が一度閉じていた口を開くような、そんな気配が電話の向こうであった。
「もうサッカーやめちゃおうかな、って思ってるんだ」
「え……」
予想外の言葉。返答が思いつかない。
「え……」
また口にする。その先が続かなかった。
「ごめん、びっくりさせちゃうよね、こんなこと言ったら。それに、練習を無断欠席し続けてるし。明日の試合にも行こうとしていないし。ごめん。ごめ――」
瑞奈の声が割れた。言葉が最後まで発声されずに、かわりにむせび泣く息がひっきりなしに届き始める。鼻を啜る音が聞こえてきた。その音が俺の耳を通って、心に突き刺さってきた。痛みを感じるほど、深く俺を抉った。
「瑞奈……瑞奈ぁっ!」
俺は送話口で叫んだ。
スマホが壊れるんじゃないか、聞いている瑞奈の鼓膜が破れるんじゃないか、そう思わせるほどに大きな声量で。
それでも俺は声を張り上げ続ける。叫ばないと瑞奈が遠くに行ってしまう気がした。「瑞奈ぁっ! 瑞奈ぁっ!」
何度も、馬鹿みたいに瑞奈の名前しか口にしない。声が掠れだした時、瑞奈が唐突に伝えてきた。泣きながら。咽びながら。俺以上に声高に泣きたてながら。咆哮しながら。慟哭しながら。
「もう会わない方がいいと思うの! さよな――」
瑞奈の言葉を最後まで聴き取れずに電話が切れた。後に残ったのは、つーつーという瑞奈との繋がりを断たれた電子音だった。