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準々決勝が行われるピッチ脇で声をかけられた。
「瑞奈はどうしたの?」
振り返ると、鮮やかな黄色のサッカーユニフォームを着たショートボブの女性が、大きな目で俺を睨み、立っていた。腕を組み、背中に紺色のバックパックを背負っている。俺より少し低いぐらいのこの女性は確か――
「川南澪さん、でしたっけ」
俺は丁重に尋ねたつもりだが、川南には険があった。そう、とだけ応え、仁王立ちの姿勢を崩さない。相変わらず鋭い目つきで俺を見てくる。ハーフっぽい顔立ちで瞳の色に茶色が混ざっていた。
「今日は、欠席だけど」
「どうして?」
目をさらに大きく広げ、間髪を容れずに川南が疑問を挟む。
川南が所属する湖北大スパーズは、俺達が試合をする前の時間帯のカードで、既に勝利をおさめていた。昼を挟んでいるため、大方の選手は帰ってしまったらしく、ユニフォーム姿の選手は川南を含め数名しかいない。
「体調がよくなくてね」
当たり障りのないことを言っても川南は追及の手を緩めない。
「風邪?」
俺は寸刻黙る。瑞奈の名前を口にされるだけでも、正直キツい。多少は真実を述べなければ納得してもらえなさそうだ。
「いや、足を怪我した」
「重傷なの? 見学にさえ来ないなんて」
口を閉ざす俺の態度に、川南は痺れをきらしたようだ。
「まあいいわ。あんた達、絶対に負けないでね。あんた達と戦うにはお互い決勝まで行かないといけない。わたしは瑞奈と戦いたいのよ。彼女に直接試合で勝って優勝したいの。だからこんな準々決勝で負けたら承知しないからね。瑞奈がいない分、全力で走りなさい」
とんでもなく傲慢なセリフだ。不快感を覚えたが、言葉の端々では瑞奈へのリスペクトも感じられたので、俺は何も言い返さずに頷いた。
川南が去ると、入れ替わるように朔太郎が心配そうな顔で歩いてきた。
「ごめん。声が聞こえてきちゃって……。なんか、凄い威圧感だったね」
「初めて話したけど、瑞奈をライバル視する度合いがハンパねえな」
「それだけ瑞奈ちゃんが上手いってことなんだね……」
朔太郎の声が尻すぼむ。
朔太郎や拓真さんらチームメイトには、瑞奈と連絡が取れたことを報告した。足の検査で暫く休むことを伝えたが、彼女がサッカーを辞めたいと言っていたこと、そして、俺とはもう会わない旨の言及があったことは、伝えていなかった。
幸成は単純に「瑞奈抜きで勝ち進められるかな」と反応していたが、拓真さんは敢えてその場では何も訊いてこなかった。
朔太郎も詳細を尋ねてこないが、俺と瑞奈との間で何かネガティヴな感情が交錯していることを感じとっているようだ。
今はそっとしておいて欲しい。ともすると昨夜の瑞奈の言葉が脳裏に甦ってくる。
『もう会わない方がいいと思うの! さよな――』
胸をキリキリと絞られ、痛みを覚えた。この場で瑞奈の名前をわめきそうなほど。どうしてだ? 昨夜聞けなかった『会わない方がいい』理由を知りたい。
あれから胸が潰れる思いで何度も瑞奈に電話をしたが、電源を切られていた。LINEメッセージにも再び既読がつかなくなった。留守電を残しても、なしのつぶてだ。
俺の表情が余程沈痛なものになっていたのか、朔太郎が、大丈夫? と訊いてくる。
ここで『辛い』と言えればどんなに楽か。
いや、言ってもいいんじゃないのか、朔太郎は親友だ。でも、でも……親友だからこそ、チームメイトだからこそ、準々決勝キックオフを直前にして余計な心配をさせたくなかった。
そう、俺は、今は、――試合に集中しなければならない。
「大丈夫だ」
朔太郎の顔を見ずに応えた。
瑞奈だったらきっと「ばかもん。だいじょーぶ」と応えただろう、と思いながら。