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「――――どどど、どーしよ! ノイ、待って、これは不味いかも知れない! というか、やらかした。待って、いや、思い出すとね、凄くお腹痛いし、笑えてくるんだけど、待って。ダメかも知れない」
「落ち着いてください、ステラ様」
ひーお腹痛い、と、ひーやってしまった。絶望の二つが合わさってぐちゃぐちゃになっていた。ベッドに突っ伏して、自分の行いを恥じながら、悶々と昨日のことを思い返す。
いきなり尋ねてきた、第二皇子ことユーイン・ウィズドム様から、ゴリラも吃驚の早さで婚約を迫られて勢いのままふってしまったのだ。これは、私が悪いのだろうか。それとも、アポなしに尋ねてきた挙げ句いきなり婚約……を通り越して、結婚してくれとプロポーズしてきたユーイン様が悪いのか。どっちが悪いとか、そういう問題じゃないのかも知れないし、言ってしまえばどっちも悪かったで丸く収まる……話だと思う。
(いやいや、と言うかと言うか! ユーイン様元のサイズに戻ってるじゃんか!)
戻ってくれた方がありがたいとはソリス殿下は言っていたし、戻って貰わないととは……思いつつも、あの小さくて可愛いユーイン様のままでいて欲しいと願ってもいた。でも、その願望はすぐに打ち砕かれてしまった。
あの、ツンとした可愛げのないユーイン様に戻ってしまっていたのだ。
(じゃあ、矢っ張り、ウルラの所で見たユーイン様は……偽物じゃなかったって事よね)
元から、疑ってはいなかったが、あの小さなユーイン様が大きくなって、それから戻った……と言う風に考えるのが普通だろう。ユーイン様は、その後、魔力を使い果たしてまた小さくなって、それから大きくなって……と。
子供から大人に、大人から子供にとそう簡単に変身できるのだろうか。出来るのだろうけど。
「はあ……」
「溜息、珍しいですね。ステラ様」
「だって、だって、私の可愛いユーイン様が!」
「ステラ様だって、小さい頃は可愛かったでしょう」
「今は可愛くないって言いたいの!?」
ノイの辛辣な言葉に、私は思わず起き上がってノイを睨み付ける。すると、ノイは少し驚いたような表情を見せたあと、すんといつもの無表情に戻ってしまった。何でそんな顔が向けられるのか。上下関係とか嫌いだけど、主に向かって向けていい顔ではない。私は許すけど。
そして、ノイはゆっくりと首を横に振る。それは、否定だった。
肯定されたら肯定されたで嫌だったけど、なら、もう少し言い方というものがあるんじゃないかとも思った。
「いいえ、ステラ様は可愛いです。例え、走って泥だらけのままベッドで寝転んでも、髪型をセットさせて貰えなくても、お風呂に入ることを嫌がっても……ステラ様は可愛いです」
「ねえ、それ完全にディスっているよね」
「いいえ。ステラ様は可愛いです」
「それで、押し通そうとしないで」
ノイは、私が投げた枕をひょいと避けながら目を伏せた。
こういう、ストイックなところがノイの良いところだけど、的確に私の急所を狙ってくる。確かに、ノイの言う通り、泥だらけのままベッドに寝転ぶし、髪のセットも嫌だし、お風呂も嫌だけど……それを、全部ノイがカバーしてくれているのも事実だけど。
(ようは、普通の令嬢っぽくないって事よね……)
分かっているけれど。だからといって、普通の令嬢と同じようになりたいとか、女の子らしくなりたいとかはなかった。だからこそ、恋愛に疎いのかも知れない。恋愛というか、家族を作っていく、婚約とか結婚とか、そういう未来を想像できないというか。
「こんなんじゃダメだって分かってるけど……」
「では、もう一度、会ってみるのはどうでしょうか」
「誰に?」
「それは勿論、ユーイン様です」
「いやいや、だって、あんなふり方したんだよ!? さすがに、愛想尽かしてるって」
それに、昨日の今日だ。
あんなふり方しておいて、会ってくださいとは言い辛いし、言ったところで通されるとは思わない。
だって、本来のユーイン様は、そういう女性関係の話題も一切ないし、女性嫌いとすら言われていて、孤高の存在で。そこが、格好いいとは思ったけれど、近寄りにくい人だった。
(ただ、自他共に認める魔法の天才で……私はその魔法に見せられているんだけど)
今思えば恥ずかしい話ではある。
ソリス殿下のように剣術に長けているとか、そういう強さに憧れている私が、魔法に憧れるなんて。自分ができる訳でもないのに、私は、ユーイン様の魔法に。
「それは、どうか分かりませんよ。案外、会いに来て貰えるのを待っているかも知れませんし」
「ユーイン様が? ないない」
「何故ないと言えるのですか?」
「だって、ユーイン様だよ?」
「はい、ユーイン様ですよ」
「話通じてる、これ」
ノイにどれだけ言っても聞いて貰えなかった。
ノイは、私ならユーイン様と話せるの一点張りで、私が想像しているユーイン様像とかけ離れているようだった。ノイはユーイン様の事を何だと思っているんだ。
(もしかして、私がユーイン様の事を知らないだけ?)
思えば、孤高の存在とか、女性嫌いとか、全部風の噂で聞いたことだし。噂は噂なのかも知れないけれど。
でも、あの近寄りにくいオーラは誰がどう見ても、そうだって万丈一致だと思う。
けれど、そんなユーイン様が婚約を……となると、本気なのかも知れない。だとしたら、私の何処が良いかという話になる。
(矢っ張り、聞きに行くしかないのかなあ……)
気乗りしない。
正直言うと、行きたくないし、行って帰れとかいわれるほうがこわい。
「ノイ、行かないと駄目かなあ」
「いった方が、ステラ様のためだと思います」
「確かに……だけど、うーん」
何を悩んでいるんですか、とノイに言われ、私は布団にくるまった。
そう言えば、まだ朝の早い時間だった。もう少し寝ていてもいいはずだ。そう思って、再び寝転がると、ノイに布団を揺さぶられる。
考えると頭が痛くなるし、このまま寝てしまえば忘れるかも知れない。
「ステラ様、そうやって逃げる気ですね」
「逃げてないって、だって、だって」
「だだっ子しないで下さい。話せば、きっと分かって貰えますって」
「話すって、婚約を受け入れるか、受け入れないかでしょ!? 好きかも分からないのに!」
「ステラ様って、以外と純情なんですか?」
と、ノイは驚いたように言う。
確かに、結婚に恋愛感情が伴わない場合もある。政略結婚とか。
でも、私の中で結婚とは、家族になるとはそういうお互いを好きという感情があるものだと思っている。私のお父様とお母様も、それなりに仲がいいし、ラブラブだとも聞いたし……だから、そういうものだと。
はあ……と、ノイの溜息が聞える。
「大丈夫だと思います。ステラ様なら」
「何が」
「ユーイン様は、きっとステラ様のこと、フラれても好きだと思うという話です」
「ええ……」
ノイが真剣に言うので、これ以上返す言葉もなくなって、布団から顔を出した。
(ユーイン様が私を好き? そんなわけないじゃん……)
でも、だったら助けてくれなかったかも知れないと、今になって思う。けれど、それが好きだから助けた……とイコールにならないかもだし。
結局、話すしか答えは分からないのだと、私はベッドから降りる。
「分かった。手紙書く、それで返事来たら会うことにする」
「分かりました、ステラ様。では、準備しますね」
と、ノイは部屋を出ていった。
一人取り残され、私は大きなため息をつく。
「……小さなユーイン様だったら、よかったのに」
もしかしたら私は、小さなユーイン様に恋をしていたのかも知れない。ちっぽけな、本当に小さな欠片みたいな恋心を――――