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桜咲かな
142
#学園
人間🫧🪄/👤💚
488
「……おい佐藤。渚の奴、今日はおとなしく大学行ってんだろな」霞が関の合同捜査本部。
PCモニターがズラリと並び、各府省庁から集められた捜査員どもが血走った目で暗号通信の解析に追われる重苦しい空気の中、俺は缶コーヒーを煽りながら低く呟いた。
「は、はい! 朝一でLINEしたら『今日は講義とサークルで忙しい』って言ってましたから……大丈夫だと思います! 先輩のことは『ちょっと大きなヤマで出張中』と誤魔化しておきました!」
「……そうか」
缶コーヒーのぬるい液体を飲み干し、俺はパイプ椅子に深く身体を沈めた。
胸の奥を苛む、嫌なざわめき。
渚には何も知らせていないはずだ。だが、あの子のあの冴え渡った勘と「五感」は、俺が隠そうとすればするほど敏感に異質さを察知する。
かつて葛城のヤマの時も、神代家の時もそうだった。あの子はいつも、俺が一人で背負おうとした泥沼に、己の身を削って飛び込んできたのだ。
(……今回ばかりは、絶対に追わせねぇ)
俺は手元の極秘資料に視線を戻した。
『シンジケート・クロノス』。
東南アジアのジャングル地帯に築かれた、治外法権の巨大カジノ拠点。
奴らが日本国内で暗躍させている下部組織の足取りは、徐々に掴めつつあった。
「峯岸警部補、状況が変わった」
国際捜査課の管理官が、険しい表情で俺の元へ歩み寄ってきた。
「都内にあるクロノスのダミー会社……暗号資産の決済代行を装った『アーク・ソリューションズ』のサーバーに、15分前、突如として大規模な不正アクセスが仕掛けられた」
「不正アクセス……? 警察のサイバー班か?」
「違う。IPアドレスは暗号化されているが……国内の複数のプロキシを経由した、極めて高度で『異質』なハッキングだ。あろうことか、クロノスが隠蔽していた暗号資産の流出ルートと、幹部たちの連絡網(プロトコル)を次々と白日の下に晒している」
「な……んだと!?」
俺と佐藤は顔を見合わせた。
「さらに不可解なのは」管理官はタブレットを俺に突きつけた。「そのハッカーは、クロノスの暗号化データを解除する際、電子掲示板のコードにこんなメッセージを残していった……」
液晶画面に表示されたテキスト。
『——精神的負荷の軽減、および心理的痕跡の解読完了。暗号文の裏に隠された「ノイズ」は、全てこちらで消去した。あとは警察(大人たち)の仕事だ。 / オカルト探求研究会 & 皐月』
「なッ……ッ!?」
俺は思わず立ち上がり、パイプ椅子を派手に倒した。
「渚……!! 九条の野郎ッ……!!」
「先輩! これ、渚ちゃんとオカ研の皆さんです! 渚ちゃんたち、クロノスのサイバー網を解読して、奴らの本拠地と連絡網を丸裸にしちゃいましたよ!!」
佐藤が驚愕と感動の混ざった声をあげるが、俺の頭には血が上っていた。
あのクソガキども……!
大人が必死こいて隠したヤマに、大学の部室から丸ごと介入してきやがった!
その時——俺のスマホが激しく震えた。
登録のない番号。だが、画面を見た瞬間に誰からか分かった。
「……渚」
『……ふふ、やっぱり一発で私だって分かった? 峯岸さん』
電話の向こうから聞こえてきたのは、耳鳴りのノイズも感じさせない、驚くほど静かで、冷たく澄み渡った渚の声だった。背景からは、キーボードを激しく叩くオカ研の男子・女子部員たちの声が聞こえる。
『勝手なことしてごめんなさい。でもね、峯岸さん。「クロノス」の幹部が使ってたマインドコントロールの波形……あの病院の江口のデータと全く同じだった。……私、画面越しでもあいつらの「悪意」の匂いが分かっちゃったの』
「渚、お前……! 危険すぎるって言ったろ! 相手は国際犯罪組織だぞ! ホームページをハッキングするような甘い連中じゃねぇんだ!!」
『知ってるよ。……だから、手伝ったの』
渚の声が、ふっと柔らかくなった。
『峯岸さんはいつも、自分の身を削って私を守ろうとしてくれる。……でもね、今の私には、九条先輩たち15人の頼もしい仲間がいるんだよ。科学とオカルトと、私の力を使えば……警察が届かない闇の奥まで、光を当てられる』
受話器越しに、渚の強く温かい呼吸が伝わってくる。
『クロノスの国内拠点の居場所、全員のスマホに送ったよ。……犯人を逮捕するのは、大人の警察官(デカ)の仕事でしょ? 顧問になってもらう予定の峯岸さんを、あんな悪魔たちに渡すわけないじゃない』
「……てめぇ、ホントに生意気なガキになりやがって……っ!」
俺は胸の奥から湧き上がる怒りと、それを遥かに上回る胸の熱さに、ぎりと奥歯を噛み締め、火のついていない煙草を吐き捨てた。
守るべき「可哀想な被害者の少女」は、もういない。
あの子はいつの間にか、俺の背中を支え、共に闇と戦う「最高の相棒(探偵)」になっていたのだ。
「……佐藤ッ!!」
「はいッ!!」
「オカ研のクソガキどもが命がけで引っ張り出してくれたホシの居場所だ! 捜査員全員集めろ! 今すぐアーク・ソリューションズのビルに突入するぞ!!」
「了解ッ!!」
俺はスマホを耳に当てたまま、不敵な笑みを浮かべて叫んだ。
「渚! ヤマが終わったら……特大パフェとポテトだけじゃ済まさねぇからな! オカ研の奴ら全員分、高級焼肉奢らせてやる!!」
『ふふ、楽しみに待ってるね。……気をつけて、峯岸さん!』
通話を切ると、俺は警察バッジを胸から引っ張り出し、走り出した。
愛する相棒が切り拓いてくれた光の道を突っ走り、あの国境を越えた悪魔どもの面に、本物の警察官の鉄拳を叩き込んでやるために。
コメント
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第20話、読み終えました…! もう、胸が熱くなりました。渚さんが「可哀想な被害者の少女」から、峯岸さんの背中を支える「最高の相棒」に変わっていくその瞬間が、本当に美しくて。彼女の「今の私には頼もしい仲間がいるんだよ」という台詞に、オカ研との絆と、彼女自身の成長がぎゅっと詰まっていて、編集者としてもぐっときました。峯岸さんの「守る」から「共に戦う」への視点の変化も、大人の男の矜持と照れくささが混ざってて素敵です。高級焼肉の約束、ぜひ叶えてほしいですね!