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コンソメパン
10,741
午前二時。
高層ビルが立ち並ぶ大都会・東京の片隅に、周囲を強力な隠れ結界で覆われた広大な和風邸宅がある。ここは、人間の姿に化けて現代社会の闇に紛れ込んでいる、九人の強大な妖怪たちが暮らすシェアハウスだ。
人間の街が眠りにつくこの時間だけは、彼らが昼間保っている「人間のフリ」という理性が薄れ、本来の妖怪としての姿と本能が、静かに頭をもたげ始める。
大広間のリビングは、テレビの主電源が落とされ、窓から差し込む都会の月明かりだけで薄暗く照らされていた。静まり返ったその空間で、ソファの端に座り、1人静かにポータブルゲーム機を操作している男がいた。九尾の狐――深澤辰哉である。リラックスしている今は、頭のてっぺんから艶やかな紫色の狐の耳がピコピコと立ち上がり、背中からは九本の美しく大きな尻尾が、ソファの床に向かってだらりと垂れ下がっていた。画面から漏れる微かな光が、深澤の端正な横顔を白く浮かび上がらせる。
深澤「……よし、このステージクリアすれば、レア素材が……」
小声で呟きながら、慣れた手つきでボタンを連打する。化け狐として数百年の時を生きてきた深澤にとって、現代の人間のゲームというのは、退屈な夜を潰すのに格好の玩具だった。その時、リビングの重い襖が、音もなくすっと開いた。入ってきたのは、酒呑童子――岩本照だ。岩本は鬼の頭領であり、圧倒的な武力と強靭な肉体を持つ大妖怪だ。Tシャツにスウェットというラフな部屋着姿だが、その額からは、鈍い光を放つ立派な二本の角がせり出していた。夜が深まるにつれ、鬼の血が騒ぐのだろう。岩本の身体からは、まるでサウナの中にいるかのような、陽炎を思わせる熱気が微かに立ち上っていた。岩本は無言のまま、深澤が座るソファへと真っ直ぐ歩いてくる。そして、広いソファのスペースがいくらでも空いているというのに、わざわざ深澤のすぐ隣、太ももがぴったりと密着するほどの距離にどさりと腰掛けた。
深澤「……ん。照、お疲れ。まだ起きてたの」
深澤は画面から目を離さないまま、耳だけを岩本の方へと向けた。
岩本「……ふっか」
岩本の、少し低くて部屋に響く声が暗闇に響く。次の瞬間、岩本の大きな身体が、深澤の背後から覆いかぶさるようにして伸びてきた。ガシッ、と力強い腕が深澤の細い腰を抱きすくめ、岩本の広い胸板が深澤の背中に隙間なく押し付けられる。
深澤「うおっ!? ちょっと照、熱い熱い! 照の身体、今まじで沸騰してんだけど!」
驚いた深澤がゲーム機を掲げながら身をよじるが、鬼の頭領の腕力の前にはビクともしない。岩本は深澤の首筋に頭を埋め、ふー、と熱い吐息を吹きかけた。
岩本「……寒い」
深澤「嘘つけ! 部屋の温度、照のせいで絶対3度くらい上がってるから! 離せ筋肉お化け!」
岩本「やだ。ふっかが俺を見ないから、鬼の血が滾って冷めない。ほら、お前の九尾の妖気で、俺の熱を冷ましてよ」
岩本は額の角を、深澤の首筋に甘えるようにコツコツと押し当てた。鬼というのは、本能的に自分の番に対して、強い独占欲と執着を持つ生き物だ。夜になるとそのかまってちゃんの本能が抑えきれなくなるらしい。深澤は
深澤「めんどくせぇなぁ、もう……」
と大きなため息をついた。ゲームの画面はすでに「GAME OVER」の文字を表示している。深澤は諦めてゲーム機をテーブルに置くと、背中から生えた九本の尻尾を、ゆっくりと動かした。ふわり、と紫色の美しい毛並みが、岩本の熱い身体を優しく包み込んでいく。九尾の狐の持つ妖気は、冷たくて心地よい。岩本の強力な鬼の熱気と深澤の冷たい妖気が混ざり合い、リビングの闇の中に、ぽわぽわと小さくて優しい紫色の「鬼火」がいくつも浮かび上がった。
深澤「……ん。これで満足か?」
深澤が首を少しひねり、後ろの岩本を見つめる。
岩本「……まだ。もっとこっち向いて」
岩本は嬉しそうに黒い大きな鬼の尻尾を左右に揺らしながら、深澤の身体を自分の方へと向き直らせた。数百年の時間を共に生き、どれだけ人間たちの時代が変わっても、夜になればこうしてお互いの本能を確かめ合う。それは二人にとって、言葉にせずとも繋がっている、特別で、どこかお気楽な夜の日常だった。
二人がソファで静かに妖気を交わし合っていた、その時。大広間の電灯が、パチッと静かに灯った。眩しさに深澤が目を細めると、リビングの入り口に、背筋をピンと伸ばした男が立っていた。
大天狗――宮舘涼太だ。背中には、美しく艶やかな漆黒の大きな翼が広がっている。部屋着のジャージ姿ではあるが、その佇まいはいつものように凛としており、大妖怪としての風格が漂っていた。ただ、その手には、なぜか冷たい麦茶の入ったピッチャーが握られている。宮舘はソファの上の二人をじっと見つめると、フッ、と小さくため息をついた。
宮舘「照、ふっか。午前二時だぞ。大広間で妖気を滾らせるのはやめなさい。近隣の人間の結界が、微かに共鳴してアラームを鳴らしかけている」
大天狗の、低くお腹に響くような声。シェアハウスの規律を守る、生活感あふれる頼れるお兄ちゃんとしてのトーンだ。
岩本「あ、舘さん……。ごめん」
岩本が、バツが悪そうに額の角をすっと引っ込め、深澤の腰から手を離した。
深澤「舘さんごめんね。照が夜中に甘えん坊モードになっちゃってさ」
深澤も苦笑いしながら、九本の尻尾をパタパタと畳んで人間の姿に戻る。
宮舘「仲が良いのは結構だが、節度を持ちなさい。……照、喉が渇いているなら、麦茶を飲みなさい。鬼の熱を冷ますにはちょうどいい」
宮舘は完璧な手際でテーブルにピッチャーを置き、岩本にグラスを差し出した。
岩本「ありがとう……」
岩本が大人しく麦茶をすする姿を見て、宮舘は満足そうに頷くと、静かに翼を羽ばたかせてキッチンへと戻っていった。大妖怪たちの夜は、こうして誰かが手綱を引きながら、大騒ぎの一歩手前でいつも平和に収まっていくのだった。
コメント
3件
妖怪パロ初めて見たけどハマりそう(*´艸`)
妖怪パロ、意外と好きだなぁ〜
第20話、拝読しました。夜のシェアハウス、妖気が混ざり合う空気感がとてもきれいで、うっとりしました。深澤くんの九本の尻尾で岩本くんを包むシーン、冷たい妖気と鬼の熱が混ざって鬼火が浮かぶところ、すごく好きです。かと思えば宮舘さんが麦茶持って注意しに来るギャップが可愛くて、思わず笑顔になりました。大妖怪たちの日常をこんなに優しく描けるのはめかぶぷりんさんならではですね。次話も楽しみにしています🌙