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性悪な柊の手のひらの上だっていうのは、何度考えても腑に落ちない。
「あれ!」
ビシッと人差し指を向けると、「ん?」
その人の視線が釣られた。置物状態だった柊は、ようやく解凍したのか、手をひらひらと降っている。無表情と気怠い雰囲気はそのままだけど、動いただけ花丸だ。
「あの人、あたしの彼氏なので!失礼します」
相手の反応を伺うことなく、さっさと柊の元へ向かうと、出会い頭に柊の腕をグーパンする。
「〜っ、見てたなら助けてよ!」
「俺が行かなくても、柴崎ひとりでこっち来れたじゃん」
柊は赤い唇をうっすらと上げて、勝ち誇るような笑みを浮かべている。
──柊の考えは、おそらく、こうだ。
単に、あたしがナンパにどう対応するのかを見ていたのだ。あれくらい、一人で振りほどける女でなければ、柊はあたしを置いて行ったはずだ。
他者に関心を持たない男の、非情な部分を何度も見てきたから……何となくわかる。
「来るけど!彼女がナンパされてるんだよ?ちょっとくらい、あたしに興味を持ってくれても良いのに」
そうは言っても、あたしとしても、ばーん!とヒーローの如く助けに入る柊 碧音を期待していたわけだ。ヒーローって名詞が恐ろしく似合わないのはさておいて。
「ていうかさっきの、ナンパかな」
未だに、ほんの少し不貞腐れていると、柊が意味深な言葉を残すから「え?ナンパじゃないの?」と、柊の顔を見上げた。
夏だって言うのに汗ひとつかかず、日焼け知らずの肌は涼しげで、どんな紫外線対策してるのか気になる。これで何もしてないって言ったらちょっとむかつく。ほんのちょっとだけね。
「どっちかと言うと、撮影とかの勧誘じゃない」
「え!?撮影って、モデルの!?折角のデビューのきっかけ、逃したかなあ〜」
柊の想像に乗ってあげると「デビュー」と、奴の口から嘲笑が漏れる。あたしのスイッチが入るのは簡単だった。
「なによ、柊が言ったんでしょ」
「デビューは出来るかもしんないけど、どっちかというとヤラシイ系じゃねーの」
「は!?え、ヤラ……、は!?」
「だからさっきの。へんな事務所とか詐欺とかAVの勧誘じゃないの」
「待って。それが分かってるなら、最初から阻止してよ!」
「本当にやばくなりそうだったらちゃんと止めるよ」
本当にって、それまで男に絡まれても放置っていうこと?ひどい。もしもあたしが連れ去られたりしたら、どうするつもりだ。
……あれ?でも、もし柊がそんなスタイルをとる男だとすれば、違和感が残る。
「……ねえ、チカくんに連れられた時、秒で駆けつけてくれたよね?」
「は?気の所為じゃん」
ふーん、あれは、気の所為らしい。
「つか、あちい。さっさとどっか入ろう」
追い込もうとしたのに、涼を求めた柊は、あたしの手を引きさっさと日陰に入ろうとする。
「柊、そういえば待ち合わせまでまだ時間あったのに、よく来てたね?」
「そうだっけ。たまたまじゃねーの」
柊はいつもの調子で偶然を装って逃げる。
でも、柊の右手は、たまたまにしては熱いので、そういうことにしてあげる。
柊は、普通に手を繋ぐ派、なんだ。
サラッと繋がれた手に、あたしの全部の意識が集中している。
ていうか、手汗とか大丈夫かな。異性と手を繋ぐこと自体、意外と慣れていないから、きゅうにこんなことされると困る。
特に柊の手のひらなんて、高校の時一度だけ軽く重ねたくらいだ。
『身長が小さい女の子ってそれだけで得だよね。可愛いもん。あたしなんか身長も高ければ足も25.5cmはあるし、サイズ感的に女子じゃないもんな』
あれは、なにに対して柊に愚痴ってたんだろ。口を開くと止まらなくなって、「手だって、大きいし」ってつらつらとコンプレックスを打ち明けると、柊は「見せてみ」って、あたしに向かって手を翳してきた。
勢いはどこへ行ったのか。おずおずと手を重ねると、薄い手のひらはあたしより大きかった。
『は?どこが大きいって?』
『ひ、柊は男なんだから、大きいに決まってるじゃん!』
『だな。てことで、柴崎もしっかり女子ってことで、いいんじゃないですか』
あの時も、柊はさらっとあたしに手のひらを向けて、あたしを女子認定してくれるから、心臓が飛び出しそうになったのを隠して、平然とするしか無かった。
だから今も、平然としてみせる。でも、うー……そろそろ、手が湿ってきた気がする、けど。柊は平気そうだし、大丈夫ってことにしよう。
平気というか、やっぱり、柊は慣れてる。
慣れてるからなのか、態度というか、表情もいつも通り。さっきといい、いまといい、釈然としないままである。
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白山小梅
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