翔太が出掛けて行ってから、俺は二階の自宅に上がって夕食の支度に取り掛かった。
翔太とご飯を食べる時の、倍の分量で用意した食材を調理台に並べていく。
ラウールの好きな唐揚げは、今日の朝から醤油と生姜、その他のスパイスを混ぜたタレに漬け込んでおいた。
せっかくなら本場の味を食べたくて、それを知っていそうな康二に作ってもらうためのものも用意する。タコを切って冷蔵庫に戻してから、ボールに水と小麦粉、粉末出汁と卵を混ぜ合わせた生地をあける。
阿部は何を作ったら喜んでくれるだろうと考える。少し前に出した焼き魚の定食にとても喜んでくれたのを思い出して、冷凍庫にあった鮭を焼こうと決めた。
リビングの隅に客用の布団を四セット積み上げて、その上に枕をぼふっと置いた。
阿部が、仕事を切り上げたと連絡を入れてくれたのを確認する。時間にはまだゆとりがあったので、明日の営業のために、一階に降りてお店用の仕込みを始めた。
もうしばらくクロワッサンの研究をしているが、最近になってようやく、自分の中で納得のいくものができるようになってきたと思う。
翔太にも協力してもらって、ほぼ毎日、朝ごはんにその試作を出させてもらった。
「今日のはしっとり系だね」
「今日のはサクサク?ちょっとカリカリしてるね」
「今日はさくさくで、もちもちだわ」
毎日、翔太は思ったままの感想をくれた。
正直に言ってくれるから、改良がとても良く進んだ。
「毎日ごめんね、飽きちゃうよね?」と、申し訳なくてそう聞くと、「涼太の飯に飽きるとかない」と翔太は言ってくれた。
自分の中で、うまくできたと思えるようになって、まだ日は新しいけれど、いつでも同じものが作れるようになりたいと思う。
明日の営業に足りるかどうか、必要なものの在庫をチェックしつつ、明日のランチタイムに出す予定のスープの出汁を取るため、大きめの寸胴に水を張って火にかけた。
明日の日替わりメニューは、角煮にしよう。
そう決めて、豚肉のブロックを均等な大きさに切って、ネギの青い部分と一緒に煮込んでいった。
ある程度仕込みも終わって、ゆで卵の殻をするすると剥いていると、不意にカランコロンと、ドアベルの音が店内に鳴り響いた。
今日はお店をクローズにしていたので、来てくれる人は限られている。
大方の予想をつけて、大切なお客さんをドアの前まで迎えにいくと、そこにはやはり阿部が立っていた。
「いらっしゃい」
そう声を掛けると、阿部は店の出窓に飾っていた薔薇から目を離して、俺に向き直った。少し大きめの鞄と紙袋を抱えた阿部は、ぱぁっと花が咲いたような笑顔を見せてくれた。
「こんばんは!今日はお世話になります」
「こんばんは、こちらこそ、今日はありがとうね」
「お誘いいただけてとっても嬉しいです!これ、よかったら…」
「?」
阿部はその紙袋を、「つまらないものですが…」と言いながら、遠慮深く俺に渡してくれた。中を見てみると、そこには紅茶の缶と、コーヒー豆の袋が入っていた。
どこにでも売っているものではなかった。
きっと、また気を遣ってどこかの大型施設まで買いに行ってくれたんだろうなと思うと、阿部のその心遣いに心が温かくなった。
「いつもありがとうね、そんなに気を遣わなくていいのに」
「いえいえ!俺の方こそいつもありがとうございます!」
「ラウールたちはまだお仕事終わらないみたいだから、先に上にあがろうか」
「オーナーは、お仕事大丈夫ですか?」
「あ、あと三つゆで卵を剥いたら終わるから…そうだね。少しここで待っててくれるかな?」
「もちろんです!」
俺は阿部に断ってからキッチンに戻って、殻剥きを再開した。
水道から流している水に沿って、ゆで卵と殻の間に指を入れれば簡単に剥ける。
次の卵を平らな場所に打ち付けヒビを入れて、隙間を作る。
先程と同じ工程を、もう二回繰り返せば、ツルツルの卵が二十個ほど産まれた。
味付けをした角煮の煮汁に、卵をポトポトと落とし入れて五分ほど煮込んでから火を止めた。鍋に蓋をして、キッチンの換気扇を止めてから阿部の元へ戻った。
「お待たせ」
「お疲れ様です!いい匂いですね!明日のメニューですか?」
「うん、明日は角煮です」
「美味しそう…!」
「明日食べる?」
「ぜひ!明日、お昼くらいまでお店で過ごしたいなって思ってたんです」
「ふふ、好きなだけいてね」
阿部とそんな話をしながらバックヤードを抜けて、階段を登っていく。
ぺこっと頭を小さく下げて、阿部は「おじゃまします」と言いながら玄関に足を踏み入れる。
リビングに到着すると、阿部は自分の鞄を部屋の片隅に置いて、必要なものを中から取り出していく。その間に、俺は飲み物の用意をした。
自分用のコーヒーと、阿部が気に入ってくれている甘いカフェオレ。
阿部のマグカップにホイップを絞り、その上に昨日の営業で余ってしまっていたミントを乗せて、ダイニングテーブルまで運んだ。
「大荷物だね、何持ってきたの?」
「お泊まり会なんてほとんどしたことがなくて、そういう時にやってみたかったものを片っ端から持ってきてみました!」
阿部は両手にたくさんのグッズを抱えながら、俺の元へ駆け寄ってきてくれた。
テーブルの上に広げられたものを見ると、阿部がこの日を心待ちにしてくれていたことが、とてもよく伝わってきた。
トランプ、小さなオセロ盤、クイズの本、お菓子の山。
目の前に広がる阿部の持ち物は、俺を懐かしい気持ちにさせてくれた。
自分事ではあるが、翔太と付き合うようになった頃、同じようにお互いの実家に泊まって、こういうもので遊んだ記憶が蘇ってくる。
幾つになっても、こういう時間はわくわくするし、たまにはこうして年甲斐もなく遊びたくなる。
「やっぱり阿部はかわいいね」
「えっ、、子供っぽかったですか…?」
「ううん、そうじゃないよ」
うきうきとお菓子を一つずつテーブルに並べていく阿部が、俺の言葉にはっとしたように振り返る。
阿部の髪が、その頭の動きに合わせてふわっと舞った。
「幾つになっても、そうやってうきうきしてるのを表現できるのが素敵だなって思ったの」
そう阿部に伝えたところで、一階でドアベルの音が響いた。
「だてー、おるかー?」
「こんばんはー!遅くなっちゃった!」
二つの声に、阿部と二人で笑みを溢し合いながら、俺たちはまた一階に降りて行った。
挨拶もそこそこに、俺たちは夜ご飯を食べ始めた。
テーブルの上には、唐揚げ、たこ焼き機、焼き鮭が並んでいる。
慣れた手つきで、康二がくるくると、たこ焼きを二本の竹串で回していく。
その生地が焼き上がるのを待ちながら、阿部が魚の骨を取り除いて、ラウールがはしゃぎながら唐揚げをみんなのお皿に取り分けていく。
メインのおかずはなんなんだ?というくらいにそれぞれの個の主張が強い食卓は、とても賑やかだった。
それに負けないくらい、俺たちも話に花を咲かせた。
「阿部は明日、お昼から何するの?」
「買い物に行こうと思ってます!」
「そう、いい休日になるといいね」
「はいっ!」
「阿部ちゃん何買いにいくのー!?」
「買い物なのかな?ちょっと借りに行きたいものがあって」
「そうなんだー!阿部ちゃんの会社は土日休みなの?」
「そうだね、普通の会社だから仕事は平日だけ」
「そっかぁ、たまにいいなーって思うんだよね。僕たち平日がお休みだから」
「できたで!」
丸く固まった生地に串を刺して、康二がみんなにたこ焼きを配ってくれる。
「ありがとう」と、康二からほかほかのたこ焼きが乗ったお皿を受け取りながら、俺たちの会話はまだまだ続いていく。
「ん?ということは、明日もお仕事なの?」
「そやねん、明日は結婚式の日や」
「なら、朝早いんじゃない?」
「いつも通りだから慣れちゃったけど、明日は七時に出勤だよ」
「そっか、大変だね」
「大丈夫!明日は朝起こしてくれるママとお兄ちゃんがいるから!」
「「?」」
ラウールの言葉に、俺と阿部は同時に首を傾げた。
ラウールも俺たちを見つめて、同じように首を傾げながら言葉を付け足した。
「オーナーままと、阿部お兄ちゃんが起こしてくれるから、寝坊の心配がないもん」
楽しそうに高い声で笑うラウールに、康二が「いや、俺は入っとらんのかい!」とツッこむ。
「だって、康二くんねぼすけさんじゃん」とラウールが返す言葉の親しげな様子に、俺はほっと胸を撫で下ろした。
よかった。
この二人も、少しずつ歩み寄れてる。
最後に見た二人のやり取りに感じた距離は、少しずつ縮まってきている。
ずっと心配だった。
過去のトラウマが、康二の足を絡め取り続けている様を、高校生の時からずっと見てきた。
会いたいと切望しながら、今の自分にできることを精一杯頑張ろうと努力してきたラウールを、この子と出会ってからずっと見守ってきた。
晴れて再会が叶ったあとも、二人のこのもどかしいガラス一枚の隔たりが、いつか壊れてくれないかと、切に思ったものだ。
少し前、康二に「阿部と話してみたら?」と伝えてみた。
その後、阿部との接触があったのかどうかについては定かではなかったが、今の二人の様子を見るに、自分たちのペースでいい方向に向かっていっているように見えた。
食事も終わり、みんなで順番にお風呂に入る。
俺は最後に入ろうと思って、みんなが上がるのを待ちながら、食器を洗っていった。
最後に残していたたこ焼き機の天板を取り外して、スポンジでゴシゴシと擦っていると、三番目にお風呂から上がった阿部がリビングまで戻ってきた。
湯上がりのみんなに麦茶とドライヤーを手渡してから、俺もお風呂へ入ることにした。
「好きに過ごしてていいからね」
そう声をかけてから、脱衣所に向かった。
お風呂から上がって、髪を乾かす。
洗面台の電気を消してリビングへ戻ると、三人はなにやら楽しそうにはしゃいでいた。
「何話してたの?」
「こないだ阿部ちゃん家に遊び行かしてもらったんよ、そのお礼言うとった」
「そうだったの」
「僕は康二くんをお迎えに行っただけだから、今度は僕も誘ってねー!って頼んでたの!」
「ふふ、すっかり仲良しになったんだね。みんなまだお腹にゆとりあるなら、ラウと康二が買ってきてくれたケーキ、食べようか」
「やったー!」
「自分らで買ってきてなんやけど、ケーキなんや久々やな」
「俺も!いただきます!」
「ふふ、阿部がコーヒーと紅茶買ってきてくれたんだけど、みんなどっちがいい?」
「えっ!阿部ちゃんおおきに!コーヒーやな、甘めがええ!」
「阿部ちゃんありがとー!僕紅茶がいいー!」
「いえいえ、口に合うといいな。あ、オーナー、俺はいつものでお願いします…!」
「はーい、ふふっ」
お湯を沸かして、それぞれ、紅茶とコーヒーを淹れる。
冷蔵庫からケーキを取り出して、中を見ると、小さなケーキが四種類入っていた。
どれを食べたいかの投票をして、みんなで一斉に一口頬張った。
甘い味が口の中に広がっていく。
少し前、ラウールの就職祝いに、みんなでケーキを食べた日が懐かしかった。
無意識だったが、俺はあの日を思い出すかのように、自然とあの日作ったものと同じオペラのケーキを選んでいた。
「ケーキ食べ終わったら何する?」
「なんしよか」
「あ、そうだ。阿部が色々持ってきてくれたみたいだよ?」
「えっ!なになにー!?」
「あ、ぃや…そんなに大したものじゃないんだけど、トランプとかクイズの本とか…」
「修学旅行みたいやな」
「それバックに詰めてる阿部ちゃん可愛いね」
「でしょ?俺もさっき阿部にそう言ったの。かわいいねって」
「うぅ…恥ずかしい…」
「せっかく持ってきてくれたんやから、クイズやろうや!」
「うん!僕、やってみたーい!」
俺たちはフォークを片手に、突如クイズ大会を始めた。
阿部が出題者になって、本に書いてある問題文を読んでくれる。
一番に正解するのは決まってラウールで、俺と康二はうんうんと唸って、たまに自分の得意分野に関係した問題にだけすらっと答えられては、阿部に丸をもらった。
夜も更けた頃、大いに盛り上がったクイズ大会は終わりを迎えて、俺たちは寝る準備を始めた。
リビングのダイニングテーブルを端に寄せて、四人分の布団をそこに大きく広げた。
「わーいっ!」「うぉぉおー!」とはしゃぎながら、ラウールと康二がふかふかの布団にダイブする。
阿部も布団の上にちょこんと正座する。
俺は棚に置いていた箱の中からカードを取り出して、一枚ずつ三人に渡した。
「?」
阿部は、不思議そうに手渡されたものを眺めて、首を傾げた。
「えっ!?もしかして…」
ラウールは、きっと見慣れているであろうそのカードの封筒を見て、驚いたように口を押さえて俺を見る。
「なんやなんや?」
康二は照明に封筒をかざして、中を見ようと試みていた。
「俺から、みんなに招待状です」
封筒を開けて、みんなは中に入っていたカードを取り出してから、三者三様の反応を見せた。
「渡辺翔太、宮舘涼太……結婚式…!?」
「オーナー!二次会呼んでくれるの!?」
「だてぇ…!仕事終わったらすぐ行くからなぁっ!!」
「ふふ」
阿部にはまだ式を挙げるって伝えてなかったから、とても驚いていた。
ラウールと康二は、俺たちの結婚式にそれぞれスタッフさんとしてお手伝いをしてくれることになっているから、参加してもらうのは難しいらしい。
だから、二人にはせめて二次会でおもてなしをしたかった。そこで、俺は予備で入っていたあの招待状にラウールと康二の名前と、二次会会場の住所を書いたのだった。
「おめでとうございます!」
「オーナー、ありがとう!」
「だて!当日はめちゃめちゃええ写真ぎょうさん撮ったるからな!」
みんなの言葉がとても嬉しくて、俺は心からの気持ちをみんなに伝えた。
「みんな、ありがとう」
早朝、俺はむくりと起き上がって、ぐーっと背中を伸ばした。
少し重たい瞼を擦って、布団から出ようと体を動かすと、「ん…」という声と共に阿部がもぞっと動いた。
「ごめん、起こしちゃった?」
小声で阿部にそう尋ねると、阿部は小さくあくびをして目を擦りながら「ぅうん、、おはよぉごじゃいましゅ…」と答えた。寝起きの阿部は、どうやら幼くなるらしい。
普段しっかりしている子の可愛らしい意外な一面に、俺の心は朝からぽかぽかと温まった。
「ゆっくりしてて?コーヒー飲む?」
「ん〜…?ぁ、のみましゅ…」
「ふふ、待ってて」
布団から抜け出して、俺はキッチンに立った。
お湯を沸かしてから、昨日使ったマグカップを二つ出す。
ゆっくりと、音をあまり立てないように豆を挽いて、ドリップする。
阿部用のマグカップにいつも通りホイップを乗せて、キッチンカウンターへ置いた。
カウンターの前に置いている背の高い椅子に、阿部はゆっくりと近付いて来ては、ストンと座った。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
意識がはっきりして来たのか、阿部の口調は普段のものに戻っていた。
コーヒーに口をつけながら、俺は冷凍ご飯を電子レンジに入れた。
昨日の残りの唐揚げも冷蔵庫から出して、二つのお弁当箱に詰めた。
甘い卵焼きと、一昨日作ったきんぴらごぼう、ミニトマト、塩茹でしたブロッコリーも隙間を埋めるようにして入れて行く。
温まった冷凍ご飯も、下段部分の二つの箱に敷き詰めた。
「お弁当ですか?」
「うん、二人とも今日はお仕事って言ってたからね」
「優しい、本当にお母さんみたいですね」
「ふふ、したくてしてるだけだよ。 さて、昨日お願いされちゃったし、そろそろ二人を起こそうか」
「そうですね」
キッチンから少し離れた場所で、静かに寝息を立てているラウールと康二のそばへ近付くと、二人は頭を寄せ合っていた。
布団の端からわずかに覗く二つの肌色が気になって、少しだけめくってみると、その二つの手は緩く、それでいて決して解かれずに繋がれていた。
交互に絡まった指と指が、たまにぴくっと動いている。
「よかったぁ、うまくいってるみたい」
「康二はやっぱり阿部に相談してた?」
「はい、この間一緒にご飯を食べた時に、とっても可愛い相談をされました」
「康二を見てると、目黒さんと知り合ったばっかりの頃の阿部を思い出すよ」
「実は、俺もそう思ってました。康二みたいに自信が持てなかった時があったなぁって、話を聞きながら思ってました」
「順調そうで安心したよ」
「そうですね」
「ラウー、康二ー、起きて。遅刻しちゃうよ」
「ん…んん?」
「ん“ん”…あと五分くれ…」
「もう七時になっちゃうよ?」
「ぅん………えっ!?しちじ!?」
「しちじ!?あかん!!!」
「あははっ、おはよう?」
「ラウールくん、康二、おはよう」
「ぼく、完全にやったと思ったじゃん……」
「終わったかと思うたわ…はぁ…ビビらせんとって…」
「ふふ、ごめんね?」
嘘も方便。
二人が遅刻してしまうよりはいい。
うちから二人の職場まではそう遠くはないから、まだゆとりはあるけれど、朝の準備は余裕が持てた方が、いいスタートが切れる。
ラウールと康二は、寝ぼけ眼で二人連れ立って洗面台に向かっていった。
その睦まじさに、俺と阿部は目を細めながらコーヒーを一口啜った。
「二人ともお仕事がんばってね」
「うん、阿部ちゃんありがとう!」
「康二、これ持っていって」
「んぉ?なんや?」
「二人にお弁当。ちゃんとご飯食べて、素敵な結婚式作って来てね」
「ほんま!?ぅわ!うれしい!おおきに!!」
「やったー!オーナーのご飯大好きー!頑張れる!」
「ほな」
「いってきます!」
「「いってらっしゃい」」
一階まで降りて、店先で阿部と一緒に、ラウールと康二を見送った。
二人の背中が見えなくなったところで、また店内に戻った。
お互い顔を洗ったり、パジャマから普段着と仕事着に着替えたりして、一緒に朝ごはんを食べた。
自信を持って出せるようになったクロワッサンと、スクランブルエッグ、こんがり焼いたパリパリのベーコン。小さめのサラダに、あっさりした野菜のコンソメスープも作った。
阿部は、クロワッサンを一口大にちぎりながら口を開いた。
「結婚式、呼んでもらえて嬉しいです」
阿部の言葉に、自然と笑みが溢れた。
「そう言ってくれて、俺も嬉しい」
「お二人の尊い一日に立ち合わせてもらえるなんて…」
「あははっ、大袈裟だなぁ。今までお世話になった人たちに、恩返しする時間にできたらって、翔太と話し合って、やろうって決めたの」
阿部はうっとりした表情で遠くを見つめながら、先ほどちぎったクロワッサンを口に放り込む。
サクッという音が静かに響いた。
阿部が自分の荷物をまとめ終わったところで、俺たちは体を一階に移動させて、阿部はいつものお気に入りの席に着く。
俺は店のドアを開けて、一つ伸びをしてから看板を“open”の文字の面にひっくり返した。
「今日もよろしくお願いします」
店の前でそう挨拶をして、今日の営業スタートさせた。
それからお昼の時間まで、阿部は本を読んで過ごしていた。
ランチメニューの角煮丼を食べて、少し食休みをしたあと、阿部はお会計のためにレジに立った。
阿部にお礼を伝えながら、伝票の内容をレジに打ち込む。
「ありがとうね、楽しかった」
「こちらこそありがとうございました!」
「お互い今日は一人で過ごす夜だけど、寂しかったら今日も来ていいんだからね?」
「い、いやいや!そんな何日もお世話になるわけには…!」
「ふふっ、いつでも大歓迎だって言ったじゃない」
「ありがとうございます。機会があったら、またお泊まり会したいです」
「もちろん。今度は、目黒さんと翔太と俺たちの四人でするのも楽しいかもね」
「そうですね!」
「ふふ、じゃあ、またね。気をつけてね」
「はいっ!ごちそうさまでした!」
ラウールと康二を見送ったように、阿部のことも店先まで出て見送る。
曲がり角を曲がるまで、阿部は少し歩いては振り返って、また歩いて、手を振り続けてくれていた。
To Be Continued……………
コメント
2件
何度読んでも主様のお話ほっこりしていて大好きです!💞
かわいぃ…可愛すぎますみんな!!❤️💚🤍🧡