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リリーの魔法修練が終わり、俺たちはネストと共に馬車の中。
その雰囲気は最悪。ネストは苛立ちを隠せず、俺に愚痴をこぼしまくる。
「あれがブラバ家の当主のグレッグよ。陰湿でちまちまと嫌がらせをして来るの。腹立たしいったらないわ」
行きより帰りの車内の方が強く揺れているのは道が悪いのではなく、ネストの貧乏ゆすりが原因なのではないかと思うほどの憤慨っぷり。
「面倒くさそうですね……」
「そうなのよ。事あるごとにつっかかってきて手が出ちゃいそうだわ……」
もやもやを吐き出したせいか、ネストは少しずつ落ち着きを取り戻し、呆れたような表情で溜息をついた。
「あいつのせいで、ウチの発言権はほぼないのよ」
「発言権?」
「そう。陛下が決断に困った時は、貴族たちに意見を求めることがあるわ。ウチももちろん陛下の為に意見する。そうするといつもブラバ卿が横から口を挟むのよ。国宝の魔法書を無くすような家の意見は信用ならない――ってね」
ネストは右手に握り拳を作るとワナワナと怒りに打ち震える。
まあ、その気持ちもわかる。三百年も前の話でネチネチと言われたら、そりゃ苛立ちもするだろう。
「陛下の信頼を勝ち取ればそれだけ貴族内で優位に立てる。でもウチは意見すら聞いてもらえないってこと。でもそれも|曝涼《ばくりょう》式典まで。そこで魔法書を返還して陛下の信頼を取り戻せれば、しばらくはこちらに口出ししてこなくなるはず」
「すいません。|曝涼《ばくりょう》式典ってなんです?」
「|曝涼《ばくりょう》式典って言うのはね、一年に一回宝物庫の虫干しをする日なのよ。王宮の庭でね。そのついでのお披露目会みたいなものかしらね。陛下はもちろん、大勢の貴族が出席することになっているわ」
他の貴族にアピールするという意味では、確かに最適な場である。
「私たちが魔法書を発見したことは知られているはず。あっちはかなり焦っていると見ていい。でなければ、直接襲って魔法書を奪うなんてリスキーなことするはずがないもの」
「じゃあ、相手はそれまでになにかを仕掛けてくる可能性が高いってことですね」
「そうね。それで間違いないと思うわ」
それまでなにも起きなければよいのだが……。
――――――――――
五日目の朝――セバスから、ギルドより呼び出しがあったと告げられた。
予定より二日も早い。もしかすると、リリーの圧力が功を奏したのかもしれない。
それにはネストとバイスも同行。俺たちがギルドの扉をくぐった途端、場の空気は一変した。
冒険者たちは一様にこちらへ視線を向け、騒めきが広がる。
ネストとバイスの名が知れ渡っているのは当然として――どうやら、俺の顔も多少は知られているようだ。
案内されたのは応接室。作戦会議室に似ているが、こちらの方がずっと広く、調度品も上等だ。
大きなソファにネストとバイスが腰を下ろし、ミアは弾むように反対側のソファへと飛び込む。
俺もその隣に腰を下ろそうとした瞬間――背もたれの向こうに、何か大きな物体が置いてあるのに気がついた。
よく見るとそれは物ではなかった。背中を丸め頭を地面に擦りつけていたのは、コット村の冒険者ギルド支部長ソフィアである。
「ソフィアさん!?」
その声に驚き、ミアは立ち上がるとソファの後ろを覗き込む。
「支部長!?」
「ソフィアさん……ですよね? ひとまず顔を上げて……」
「む、無理です! 九条さんにお許しを頂けなければ私は……私はぁぁぁぁッ!」
土下座スタイルのまま声を張り上げ、プルプルと震えているソフィア。
そこにスタッグギルドの支部長であるロバートが入室。ちらりとソフィアの様子を窺うも、気にも留めずに着席を促した。
「お待たせしました皆様、どうぞ席にお座りください」
「えっ、でも……」
「それも含め、ご説明させていただきますので」
俺がプラチナだと発覚したその日のうちにギルド本部から呼び出しを受けたソフィアは、先程こちらに到着したとのこと。
ロバートのワザとらしい咳払いに、ソフィアの身体がビクっと跳ねる。
「おほん。それではまずコット村支部長の処遇についてなのですが……。ソフィア、あなたは九条様がプラチナプレートだということを知りながらカッパーとしてギルドに登録した。間違いないですね?」
「……はい……」
「そのことについて、なにか申し開きはありますか?」
「……いいえ……」
「というわけです九条様。本当に申し訳ございませんでした。ギルドを代表して謝罪いたします」
酷く弱々しい言葉を発したソフィアに続き、ロバートは深く頭を下げる。
「つきましては九条様。ソフィアの処分をご検討していただきたく……」
「ちょ、ちょっと待ってください。それは俺が決めるんですか?」
「さようでございます。九条様が一番の被害者となりますので……」
そんなこと言われてもどうすればいいのか……。正直言うと、全くと言っていいほど気にしていなかった。
結果論になってしまうが、カッパーだったからこそミアと出会えたとも言える。
そう考えると、逆にプラチナじゃなくて良かったのかもしれないとさえ考えていたのだ。
別に富や名声など求めてはいない。王都に来なければ、今頃のんびりコット村でいつも通りの生活を送っていただろう。
「処分が決められなければ、こちらで処罰致しますが?」
「その場合どうなるんです?」
「そうですね。奴隷落ちでしょうか……」
ソフィアがその言葉に反応し、小刻みに震えだす。
「奴隷落ち!?」
「はい。本部への報告を怠った義務違反に加え、虚偽の申告は極めて深刻な過失に該当します。それに対するギルドの損害と賠償額を鑑みれば、それが妥当。正直言いまして、一介のギルド職員が払える額ではありません」
流石にそれは厳しすぎやしないだろうか?
プラチナの冒険者にはそれなりの価値があるのだろうということは理解したが、それにしてもいきなり奴隷はやりすぎだ。
「俺が処分しなくていいと言えば、そうなるんですか?」
「いえ、その……これはケジメですので。なにかしらの罰は与えていただかないと……」
どうすればいいのか全然わからない。ビンタでもすれば罰になるのだろうか?
とにかくソフィアの顔を見て話がしたかった。ずっと土下座しているせいで、籠った小さな声しか聞こえてこない。
「ソフィアさん。ひとまず顔を上げてください」
その顔は酷いものであった。目を合わせることは無く、髪はぐしゃぐしゃ。涙の跡がハッキリとわかるくらい肌の色が違い、元気もなくやつれている。
まるでこの世の終わりでも見ているかのような表情だ。
だが、ソフィアは後悔していないのだろう。その目は死んではいなかった。
コット村を救う為、カイルと共に勧誘作業を毎回欠かさず行っていた。俺はそれを間近で見ているのだ。
結果獲得できたのは俺だけで、それがプラチナだとわかれば、その落胆ぶりは想像に難くない。
「支部長……」
ミアの顔に宿ったのは深い悲しみだ。恐らくこれは、ソフィアが独断で及んだことなのだろう。
皆で考えれば、より良い解決法があったのかもしれないが、そうしなかったのは職員を守る為。ソフィアが全ての責任を負えば、村のギルドが無くなる事もない。
そう考えると、情状酌量の余地があっても良いのではないだろうか?
「じゃあ、ソフィアさんは降格ということで……。どうでしょうか?」
それを聞いたソフィアは、ようやく俺に目を合わせてくれた。その表情は驚きと困惑が混ざり合った複雑なもの。
ふと俺の目に入ったのはソフィアのブロンズプレート。そして、ニーナの降格処分を思い出した。
それがどれほどの罪に相当するのかわからないが、奴隷よりはマシだろう。
「そんな程度の罰でよろしいのですか? それなら支部長を辞するなども付け加えても……」
ソフィアがなぜ自分を犠牲にしてまで村に固執するのかはわからないが、俺はそもそもソフィアをそこまで怨んではいない。
正直、厳重注意くらいでいいと思うのだが、まあ報告の義務を怠った罰としてはこのくらいが丁度いいのではないだろうか。
「コット村ではソフィアさんは村人たちから慕われています。個人的には無理に支部長を変えるのは愚策だと思いますが……」
「そうですか……。まあ、九条様がそう仰るなら……」
少々不満気なロバート。恐らく罰としては弱いのだろう。
「九条さん……。許されないことだとは承知しています。ですが……ありがとうございます……。申し訳ございませんでした……」
ソフィアは目に涙を溜めながらも礼を言うと、頭を下げた。
「泣かないでください。ソフィアさんは当時無一文だった俺を助けてくれたんです。そして住む場所も提供してくれた……。俺はそれだけでも十分感謝しています」
元の世界で路頭に迷った時、見ず知らずの誰かが手を差し伸べてくれるだろうか?
恐らくは否。見向きもされないだろう。しかし、ソフィアとカイルはなんの疑いもなく俺を助けてくれた。
『怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息むことがない』
これは仏の教えの一つ。怨みは晴らすことでは収まらない。それを捨ててこそ怨みから解放される――という意味の言葉。
怨みは返すものではない。返すのは受けた恩なのだ。
ミアもこの結果には満足な様子で、安堵の表情を浮かべつつも俺に笑顔を向けていた。