私は電車を遅らせることにした。
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「……料亭はいいの?」
「さくらさんこそ……もう帰りなんでしょ?」
荒々しくつづはらさんに抱かれて、もう二時間が経つ。
料亭のすぐ横にある住み込み寮の彼の部屋。再会して、服を受け取って、服を返して、最後にお土産を買おうとしたら部屋に誘われて——気づいたらキスをしていて、こうなっていた。
「もう帰るなんて嫌だよ……もっとさくらさんのことを知りたい」
——こうなるなら、もっと早く会えばよかったのかな。
窓の外では、また雨が強くなっていた。憂鬱になる。
「雨、嫌いなんだよね?」
「……うん。そういえば、“しぐれ”って時の雨で”時雨”……で合ってる?」
「うん、そうだよ。変わってるでしょ。弟の名前にも雨がついてる」
そうなんだ。名前に雨がつくなんて……なんか、声優さんにいた気がするけど。
「じゃあ、時雨……くんは雨は好き?」
「うーん……」
少し困った顔をさせてしまったかな。
「……まぁ、時と場合によるよね。頭が痛くなる時もあれば、そうでもない時もあるし」
「私は嫌よ。嫌い」
「すこぶる嫌いそうだな、恨みつらみありそう」
「そうね。嫌なことを思い出すから」
時雨くんに抱かれているのに、前の夫のことを思い出すのは嫌だ。
だから、ぎゅっと抱きしめる。
「……それは、おいおい教えて。言いたくなったらでいいから」
そう言って、彼は優しくキスをしてくれた。
でも、私は体を離す。
「どうしたの……?」
彼はまたくっついてくる。
「……わたし、あなたよりかなり年上よ」
「そうなの?」
「……40過ぎてるから」
そう言っても、時雨くんの表情は変わらなかった。
「いや、何を言う。僕、32だし。気にしないよ。元カノも、別れたけど付き合ってたら45超えてるし」
——さらっと言うのね……まさか、年上好き?
「年齢なんて、ただの目安だし。自分より多く経験を積んでる人生の先輩なんだから、年が上だからダメとかないよ。同い年でも、年下でも、僕は関係ないって思う」
な、なんてポジティブ……。
「だとしたら、さくらさんにとって”若い”僕はどう見える? ガキって感じ?」
「ガキって……」
「ごめん、言葉悪かった」
「ううん。年下とは思えない。ていうか……なんだろう、そのー」
「でしょ?」
——でしょって言われても。
たしかに、彼が私より年下だからって何かが変わるわけじゃないよね。
私はもう一度、キスをして——ゆっくりと離れた。
「あ、シャワーあるから……」
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