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その優しさが、かえって私の胸を締め付ける
「ごめんなさいね、本当はもう家に帰ってあなたのお世話をしないといけない時期なのに・・・帝王切開の傷からまだ回復してないの」
私は声を絞り出した、言葉の裏に言えない秘密が重くのしかかる、康夫は穏やかに微笑んだ
「いいって、いいって、君はまだ元気そうじゃないし、帝王切開したばかりなんだから、ここでお義母さんとお義父さんに助けてもらったほうがいいよ、ゆっくりしなよ」
その言葉に私は涙がこみ上げそうになる。康夫の優しさはまるで私の心の傷をそっと撫でるようだ、だが、同時にその優しさが私の罪悪感を抉る、ありがとうと呟く声がかすれた
「そのシャツ素敵ね、買ったの?」
晴美の言葉にギクッとした康夫が早口で言う
「あっ!ああ、母さんが買ってくれたんだ!ほら!君がいない間、俺しょっちゅう実家に帰って世話になってるからさ、この間母さんの買い物に付き合ったら買ってくれた」
私は申し訳なさそうにする
「本当は・・・私もこの子を連れてお義母さん、義父さんにご挨拶をしたい所だけど・・・もう少し待ってってお伝えしておいてね」
「あっ・・・ああっ!母さんも君の体調の事を気にしてくれてるよ、そんなの元気になってからいくらでも一緒に行こうよ」
少し慌てている康夫がわざと話を擦り変える様に赤ちゃんに視線を向ける
「しかし、この子は指が長いなぁ~・・・正美も斗真もこんなじゃなかったな、君の家系にピアニストとかいる?」
康夫が冗談めかして笑った、その無邪気な笑顔に、今度は私がギクッとする、一気に私の心が後ろめたさで心臓の鼓動が一瞬止まりそうになって喉が締め付けられた、私は慌てて言葉を紡いだ
「マ・・・ママが言ってたけど、この子の指の長さは曾祖母に似てるんですって」
声が裏返らないように必死だった、康夫は赤ちゃんの小さな手に目を落とし、優しく話しかける
「そうなんだぁ~君はママの方に似たんだね~」
その無垢な声に私は胸が張り裂けそうになった、康夫の言葉は純粋だった、しかし私の心は別の男の影に揺れていた
和樹・・・・あの夜の記憶が、まるで毒のように私の心を侵す、私は赤ちゃんを抱いて、康夫が車で帰っていく後ろ姿を暫く見送った
夕暮れの薄暗い光を受けて、私はただ立ち尽くし胸の奥で渦巻く不安を押し殺した
そんなわけない・・・この子は康夫の子よ、たった一回の過ちがこんな形で後を引くはずはずがない
毎日、毎日、私は生まれたばかりの赤ちゃんの顔を見つめる、康夫に似ているところを探す
だけど今の所どれだけ目を凝らしてもそれは見つからない、代わりに和樹の顔が脳裏に浮かぶ
細い目・・・長い指・・・その記憶が私の心を締め付ける、赤ちゃんの寝顔を見ながら、私はそっと目を閉じて自分に言い聞かす
大丈夫・・・この子は康夫の子だ、もうすぐ私の体が回復したらまたあの家で康夫と私達5人で楽しい家族をやれる・・・
そう信じて私はそっと唇を噛んだ