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その後、ふたたび店内に顔を見せた友人は、知己の二柱におずおずと頭を下げた。
『ごめんね? おっちゃんたち。 望月さんも』
申し訳なさそうに、どこか恥ずかしそうに。
小さな子供がそうするように、素直な態度でお詫びの印とした。
「………………」
帰りの列車に揺られつつ、隣で寝息を立てる彼女の顔をそっと確認する。
本当に、今日は大変な一日だった。
疲れて眠ってしまうのも無理はない。
彼女の場合は、歴とした気疲れだろう。
安らかな寝顔の陰日向に、哀しげなものが浮かんで見えた。
『父と話し合ってみます。 ちゃんと』
例の品々を、留保つきながら受け取った彼女は、それらを一度、きゅっと胸に抱きしめる仕草をした。
ほのっちにとって、そして史さんにとって、本当に大切な人が残した品物なんだろう。
そこに刻まれた思い出がどんなものであろうと、赤の他人が干渉することは許されない。
ふたりに託された想いは、ふたりだけのものだ。
また、その想いを履行するのか、それとも背負ってゆくのか。 それも彼女たちが決めることだろう。
『……普通の眼鏡じゃないですよね?』
友人が店内に戻るすこし前、吹さんの目配せに応じ、キャビネットから何やら取り出した織さんが、これを私のもとへ注意深く寄越した。
手のひらサイズの、綺麗な桐箱だ。
棚に並ぶ品々とは、また別口の物品だろうか。
促されるままに開けてみると、眼鏡が入っていた。
どこにでもあるような品だけど、この店が扱う代物である以上、恐らく常識は通用しない。
『それは“写し”だ。かの記録の写し……』
『………………』
『それを使えば、観ることができる。 あくまで観測するだけ。 貴女の記憶には残らぬ』
『………………』
『ただ、魂には確と記録される。 それは貴女を導いて──』
『………ふざけてますか?』
なぜだか、無性に腹が立った。
思い出を扱う彼らが、そんな。
大切な思い出に、赤の他人が土足で踏み込むような真似を推めるなんて。
『誤解してくれるな』と、吹さんはいたって真面目な顔で弁解した。
『その中に、恐らく糸口がある。 人間にしか見えない糸口だ。 もしも……、もしもこの先、手に余る事態が持ち上がった時は、どうか迷ってくださるな』
『……それは、人間の私にしか出来ないっていう、あれですか?』
コクリと点頭した吹さんは、幼気な容貌にあらん限りの哀切を湛え、藁にも縋るような調子で、こう唱えた。
『どうか、あの子と我が旧友を、守ってやっておくれ』
買い被りだ。
それは、完全に人選ミスだよ………。
「ん………」
大きなカーブに差し掛かったところ、友人の身体がふんわりと私のほうに寄りかかった。
華奢な身体だ。
この躯のどこに、あんな馬力が蓄えられているのか。
この躯でどうやって、私たちには想像もつかないような長途の旅を続けてこれたのか。
「………………」
“守っておくれ”
吹さんの言葉を、改めて思い返す。
いつだって、守られ・助けられるのは私のほうだった。
そんな私が、彼女を、史さんを守る?
誰が聞いても、たちまち一笑に付すだろう。
きっと、私だってそうする。
ただ、受けた恩には報いたいと思う。
人間として、仇で返すような真似だけはしたくない。
「んん…………?」
しょぼしょぼと薄目を開けた友人が、私の顔をぼんやりと確認し、眠たげな眼差しをふにゃふにゃと曲げて笑った。
それも束の間、ふたたび穏やかな寝息が聞こえ始める。
「私が、守ってもいい?」
独り言のように呟いたものの、もちろん応答はない。
ほんのりと、茜に染まる車窓へと目を向ける。
詩歌を吟じるほどの雅趣はないが、夕暮れ近い田園風景の中をひた走る列車に、ふと自分の有様を重ね合わせた。
道なき道にレールを敷き、じきに訪れる夜陰に向かって、脇目も振らず突っ走る。
私に何ができるのか分からない。
どうすれば、彼女たちの役に立てるのか。
この手で守ると、大見得を切ることはできないけれど。
とにかく、まずは闇雲でもいい。 なにか、自分にできることを探してみよう。
そんな風に、心に決めた。
地元に到着し、天野商店に帰り着く頃には、すっかりと日が暮れていた。
何やら、店内が騒がしい。
ふたり顔を見合わせ、中の様子を確認する。
「史さん、ずっと側にいてください!」
たちまち、私の満面から血の気が引いた。
決意を固めた端から、早速とんでもない修羅場に出会してしまったらしい。