テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
店内には、幼なじみの姿もあった。
いずれも口をポカンと開けて、この修羅場の末席に加わっている。
こちらに気づいたタマちゃんが、カクリと首を振った。
場の中心をなすのは史さんと、私たちと同年代くらいの女の子だった。
「あれ、明戸さん?」
「あ、千妃ちゃんだ。 久しぶりだね?」
よく見れば、知ってる顔だ。
彼女は明戸つづらさん。 白砂神社のひとり娘である。
高校は異なるものの、私たちより一学年上の先輩にあたる。
小さな頃は、神社の境内でよく一緒に遊んだ覚えがあるし、今でも時おり連絡を取り合っている。
あ、そうだ。
そういえば、この人………。
「よぉ、帰ったな? おかえり」
ひとまずこちらに手のひらを見せた史さんは、改めて目先の彼女に向かった。
「そいで、なんて? お前さん今、なんつった?」
「うん。 だからね? ずっと側にいてほしいの。 史さんに」
幸介が手元のひとくちチョコをぽろりと取り落とし、タマちゃんの手元からチューブゼリーがビャッと勢いよく飛び出した。
ほのっちの顔は、見ることができない。
場の空気が完全に凍りついている。
「お前さんも物好きだねぇ………」と、さすがに年長者らしい余裕を見せる史さんだったけど、ふと視線を上げた途端、瞬く間に顔色を損なった。
「おまえ……っ、落ち着け! 落ち着けよ?」
取り乱すのも無理はない。
私のすぐ隣から、言い知れない殺気のようなものが、ギラギラと発散されていた。
一方で明戸さんは、きょとんとした表情で固まっている。
この店内に炸薬を持ち込んだ張本人にも関わらず、状況が飲み込めていないようだ。
そんな彼女も、やがてゆるゆると、涼しげな眉根を不安そうな形に歪めてみせた。
自分の言葉に、なにか深刻な不備があったのか。 いま一度、よくよく吟味しているらしい。
「あの……、あのね? 神社でお祭りがあるでしょ? もうすぐ」
「おう、そうだな」
「うちの水ちゃん様、いまお留守なの。 兄神さまに会いに行ってて」
「おう、そうだな」
「そんな時にお祭りなんかして、なにかあったら困るでしょ?」
「おう、そうだな」
ダメだ。
史さんが、壊れたラジオみたいになってる。
「だから、お祭りの間、神社にいてくださいって、そう言ったつもりなんだけど………」
「なに………?」
普段から、じつに気立てが良く、社交的な性格で、現代巫女の鑑のような明戸さんである。
そんな彼女の唯一の欠点が、言葉足らずという、場合によっては、他の長所をすべて台無しにしかねないものだった。
「つまり、あれか? 警備しろって話だな? 祭りが無事に終わるまで」
「あ、よかった。 伝わった………」
いつの世も、言葉はきちんと伝えないと意味がない。
黙っていても伝わるだとか、雰囲気で察するというのは、本当に親しい間柄でのみ成立する話だろう。
いや、たとえ家族間、親友間であろうとも、ちゃんと口で言わないと分からない場面が多々ある。
それが人間というもので──
「うん………?」
史さんには“他心通”があるはずだ。
他者の心を聞き知る能力。
いくら言葉足らずな明戸さんでも、心の中までシンプルを徹底しているとは考え難い。
それは恐らく、普通の人間にはできない芸当だ。
単に、史さんが通力を用いなかったのか。 それとも、明戸さんの内面が、私が考える以上に超人的なのか。
「うん、そういう事なら」と、早々に機嫌を直した友人が、前向きに応じた。
「任せといてくださいよ。 大切なお祭りですもんね?」
「うん。 ありがとー穂葉ちゃん」
自信に満ちた表情で、明戸さんの依頼を快諾する。
なんだか、いつもの彼女が帰ってきたようで、私はすこし嬉しくなった。