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王城の回廊は、昔と何一つ変わっていなかった。 白い石の床、天井の高いアーチ、窓から差し込む柔らかな光。 けれど、その中を歩くリュシアだけが、少し違っていた。 息を整え、胸の奥の違和感を誤魔化しながら、彼女は足を進める。 女王の側仕えとして、今日も完璧に振る舞う。それが彼女の役目だった。 そのとき。 向かいの扉が開き、数人の騎士が入ってくる。
先頭に立つ男の姿を見た瞬間、リュシアの足が止まった。
――アルヴァン。
彼の名を、声に出すことはなかった。
出せなかった、が正しい。
数年ぶりに見る元夫は、騎士団の正装に身を包み、 まるで何もなかったかのような顔で、そこに立っていた。 再会は、あまりにも静かで、 それなのに、胸の奥を強く締めつけた。
お互い何もないように会釈だけして通り過ぎてしまう。
一瞬だけ、2人が重なる。
騎士団長アルヴァンは女王の侍女リュシアの顔よりも身体に目が行った。
7年前、彼女に離縁だけを突き付けてその前から消えた時より、痩せていた。骨と皮だけ、というのは誇張しすぎだが、昔のような肉付きはなく少し不健康そうに見えるくらいだった。しかしもうそんな心配もする必要がないのだと自分に言い聞かせて少し足早になりながら廊下を歩いて行く。
その日の午後、女王の執務室でリュシアが咳き込む。
「ゴホッ…ケホッ…っ」
女王様に迷惑はかけまいとなるべく音が出ないように咳を殺す。小さい手で一生懸命口を押さえる。書類や本が置いてある棚の方にからだを向けて顔は下を向いている。
「リュシア?」
その努力も虚しく、女王に心配をさせてしまう。机の上に広げられた書類と大きな椅子に座ってそれを眺めている女王。その動作を一度やめ、リュシアの方を向く。
「今朝からあまり顔色が良くないわ。もう今日は休みなさい。いつも言っているでしょう、無理はするなと。」
「お気遣いありがとうございます。しかしこれだけのことでお休みをいただくわけには、、、。」
そう言ってお互い引かない。しかしリュシアの状態は悪化して行く。主人と言い争っているうちにもその咳は止まらず、呼吸がだんだんと早くなる。
「ゴホッゴホッ、、すみませ、、、はぁはぁ、、。」
リュシアは蹲ってしまう。それを見た女王が立ち上がり少し焦った表情で彼女の背中をさする。
「あなた主治医からもうるさく言われているでしょう?肺が良くないのだから無理はするなと。迷惑ではないから、今日は本当にもう休んでちょうだい。」
コンコン、とノックする音が聞こえる
「女王様?どうかなさいましたか?入室の許可を。」
外から男性の声が聞こえる。リュシアはその声の持ち主が誰かすぐにわかった。
「私は大丈夫なのだけれどね、侍女が少し体調を崩していてね。入っていいわ。少しこの子を落ち着かせるのを手伝って欲しいわ。」
リュシアはこんな所をアルヴァンに見られたくないと必死に女王に言葉を伝えようとするが、下手くそな呼吸が邪魔をして言葉が出ない。
「…。失礼します。」
またアルヴァンも女王の侍女が誰だか知っていたので、その咳の持ち主が元妻のリュシアであることくらいわかっていた。彼は再びこの城に騎士団長として戻ってきたことを報告するために訪れただけだった。
扉を開けて、急いでリュシアに駆け寄る。
「あら、アルヴァンじゃない。久しぶりね。元気そうでなによりだわ。」
「女王様、彼女の容態は。」
女王の挨拶をそのまま聞き流す。それほど焦っているのか、早くことを済ませたかっただけなのかはまだわからない。
その事に女王は一瞬失礼な人だと嫌悪感を抱くが、2人が昔どんな関係性だったのかを思い出し納得する。
「肺の持病があってね、それで今は呼吸がうまくできていなくって。こんなところで座り込んでいても冷えてしまうだけだから、そこのソファに座らせてあげれるかしら。私は医者を呼んでくるよう伝えてくるから少しの間だけ彼女をみていてね。」
本来そのようなことは女王はしないが、今は2人だけの貴重な時間を作ってあげようと女王は気を使う。そして部屋から出て行く。
「少し触れるぞ。」
そう言って姫抱きをする形でソファまで運び座らせる。アルヴァンも横に座って背中をさする。
「…無理はするな。」
苦しそうに胸をおさえているリュシア。背中を触れれば背骨の形が簡単にわかるくらい痩せていた。
「すみません、アルヴァン様。」
ようやく会話ができる状態になったリュシアは少し息切れをしながら、お礼の代わりに謝る。
(アルヴァン“様”…か。)
昔は名前で呼び合っていたのに、いつの間にか大きな距離が出来ていて、しかしそれは当然のことだと自分に言い聞かせる。
「医者には診てもらっているのか?」
「はい。」
「そうか。」
会話が弾まない。いや今は弾まない方がいいのか。少し気まずそうな2人。
ようやく医者と女王が戻って来た。しかしその重い雰囲気に女王は察する。
(うまく会話もできなかったのね。)
そして足早に帰ろうと立ち上がり扉の方へ向かう。彼が一礼する。
「失礼します。またご挨拶は後ほどさせていただきます。今は、その侍女を休ませてください。」
そう言って去って行く。が、一度足を止めて振り返り、今度はリュシアに向かって言う。
「無理はするな」
そしてまた去っていく。
昔から変わらない命令口調。その裏には心配や優しさが隠れいている事をリュシアは知っていた。その隠れた感情が、また彼女を苦しめた。アルヴァンを忘れられないでいるのは自分だけなのか、それとも彼も自分のことを覚えていてくれているのか。
そんな彼女の表情を見て女王が一言。
「はぁ、お互い素直になりなさいな。これじゃ道のりは遠いわね。」