「これから親しくなるかも」
それも、ないよ。きみの兄さんと私は終わってしまったんだから。
口を噤んだまま、心の中で切り捨てるように呟く。
そこへ、穂乃里が淹れたてのコーヒーを運んできた。
「お待たせしましたー、オリジナルブレンドです。ごゆっくり」
雪緒と郁の間からコーヒーを給仕した穂乃里が二人に微笑みかける。郁が見せた極上の笑顔に一瞬見惚れ、穂乃里が慌てて戻っていく。――その笑みは、剥がれ落ちるように素っ気ない表情に変わった。
外向けの顔と、身内に見せる顔の違い。
とすると、私はまだ身内扱いなんだ。
「親しくない義理の姉に、何の用?」
「この間、中途半端になっちゃったから。あ、お茶、ご馳走様。あれ、美味しいね」
「どこのスーパーでも売ってるよ。買って帰って自分で淹れたら」
「淹れてくれる人によるんじゃないかなぁ、味」
しれっと、ご機嫌を取るようなことを言う。こういうタイプは油断がならないと、大人だから知っている。
せっかくのコーヒーを、冷めないうちに味わう。
会社で飲むオフィスコーヒーとは別の飲み物のように豊かな香り。
「俺が持って行ったアレ、どうしました? 捨てた?」
コーヒーの香りで逸れていた思考を、容赦なく軌道修正する声が尋ねてくる。
「アレ……結婚指輪のこと?」
郁が当然でしょ、という顔で頷く。
「捨ててない。仕舞ってある」
部屋に持ち込みたくなくて、玄関先だけど。
「そうなんだ。兄貴が戻ってくると思ってるから?」
その郁の言葉に、自分の右頬が引きつったのを感じる。
この子は、私の急所が見えているんだろうか。
コーヒーを飲む手が止まった雪緒の隣で、郁が窓の外の向かいのビルを見上げる。
「どこに行っちゃったんだろうね、兄貴。心当たりないの?」
雪緒は腕の関節が錆びついたように、ぎこちなくカップをソーサ―に戻した。
それとない口調だったが、その言葉で郁の行動の理由が読み取れた気がする。
「……それを、訊き出しに来たわけか。……お義母さんに、言われた?」
「直接言われたわけじゃないよ。まぁ、兄貴が消えたのが原因で、家の中は荒んでるけどね」
「もう、話したよ。どこにいるのかも、なんでいなくなったのかもわからないって。信じてないみたいだけど」
「信じてないと言うよりは、話していないことがあるんじゃないかなって。俺もそう思ってる」
「なるほどね、ようやく本音が出てきたね」