テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第144話:限界突破の腰と、ヨモの覚醒〜社長の死と、黄金の背骨〜
「……っ、あ……」
帯広のボロアパート、四畳半。
それは、本当に些細な動作だった。
アメリカの税務署(IRS)との死闘による極度のストレス。連日連夜、為替チャートと英語の税務フォームを睨み続けたことによる、自律神経の完全なる破壊。
そして何より、過酷なデスクワークを支え続けてきた『三万円のゲーミングチェア』の耐久値が、とっくに限界を迎えていたこと。
すべての悪条件が重なった状態で、俺は床に落ちた一日一食の主食、『玄米おにぎり』の欠片を拾おうと、無防備に前傾姿勢をとってしまった。
その瞬間。
『――――メキョッ』
俺の腰椎の奥深くから、乾いた木の枝を全力でへし折ったような、絶望的な破砕音が鳴り響いた。
「…………っっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!!!?!?!?!?!」
声にならない悲鳴。
視界が真っ白に染まり、脳天から足の爪先まで、高圧電流を直接流し込まれたような暴力的な激痛が駆け抜けた。
「あ、が……っ、はひゅ……っ!!」
俺の体はゲーミングチェアから崩れ落ち、四畳半の床に無様なカエルのように這いつくばった。
ピクリとも動けない。指先を数ミリ動かすだけで、腰に刺さった見えない出刃包丁がグリグリと抉られるような激痛が走る。
『ルシフェル様? どうされましたか。急に心拍数が異常値を記録していますが』
床に転がったヘッドセットから、我が社の冷徹な経理担当・結愛(ゆあ)の氷点下ボイスが響く。
「こ、腰……っ!! 腰が……爆発した……ッ!!」
俺は、床の木目に顔を押し付けながら、血を吐くような声で絞り出した。
「ぎっくり……ぎっくり腰だ……! それも、過去最悪のやつ……っ! 全く動けねえ! 息をするだけで腰が砕けそうだ……ッ!!」
『……なるほど。急性腰痛症ですね。以前、港区のスタジオで全身タイツを着て無茶なダンスをした際のダメージが完全に抜けきっていない状態での、極度の疲労とストレスの蓄積。起こるべくして起きた労災(役員には適用外)と言えます』
「解説はいいから……救急車……いや、それより今日の配信……っ」
俺は痛みに悶えながらも、社長としての責任感(というより売上への執着)だけで言葉を紡ぐ。
今日は、俺のチャンネルで、海外でバズり散らかしている新人VTuber『ヨモ』との大型コラボ配信が予定されていた。
ここで穴を空ければ、せっかく集まった海外リスナー(ドル箱)の期待を裏切ることになる。
「俺は……俺は出られない……。結愛、ヨモに伝えてくれ……今日の配信は、中止だと……」
俺が力尽きたように目を閉じかけた、その時だった。
『Huh? The boss’s back exploded? Does that mean the stream is canceled? Can I go back to sleep?(は? ボスの腰が爆発した? ってことは配信中止? もう寝ていい?)』
ディスコードの裏回線から、相変わらず気だるげで、欠伸混じりのヨモの英語が聞こえてきた。
『ヨモさん』
結愛の声が、かつてないほど冷たく、そして鋭く響いた。
『社長が物理的に稼働不可能(戦闘不能)になったということは、当社のキャッシュフローが完全に停止することを意味します。つまり、貴方が海外からどれだけスーパーチャットを稼ごうが、社長が銀行に行って税金を払い、給与計算のハンコを押さなければ、貴方の今月の【給料】は1円も支払われないということです』
『…………What?(は?)』
ヨモの声から、気だるさが完全に消え去った。
『I stream, I get money. That’s the deal. No pay? Are you kidding me?(私、配信する、金もらう。そういう契約でしょ。給料なし? ふざけてんの?)』
『日本の複雑な経理システムを舐めないでください。ルシフェル様がこのまま四畳半で干からびて孤独死した場合、法人口座は凍結され、貴方が欲しがっていた高級な枕も、プレミアムな猫缶も、すべて藻屑と消えます』
結愛の無慈悲な宣告。
四畳半の床に転がったままの俺の耳に、信じられない音が聞こえてきた。
――ゴキッ、バキバキッ。
それは、バーチャルなアバターであるはずのヨモが、首の骨を鳴らし、画面の向こうで本物の獣のように【臨戦態勢】に入った音だった。
『……Yua. Turn on the stream. I’ll do this solo.(……結愛。配信つけな。私がソロでやる)』
『よろしいのですか? 普段のズボラキャラのコンセプトが崩壊する可能性がありますが』
『My money is on the line. I don’t care about concepts.(私の金がかかってんだよ。コンセプトなんて知るか)』
画面が、切り替わった。
いつもなら『だるい、働きたくない』と愚痴から入るヨモの配信。
しかし今日、そこに映し出されたのは、バーチャルのサングラスを投げ捨て、獲物を狙う雌豹のように目をギラつかせた、完全に【覚醒】したヨモの姿だった。
『LISTEN UP, YOU CAPITALIST PIGS!!(よく聞け資本主義の豚ども!!)』
ヨモの、腹の底から響くようなネイティブ英語の怒号が、世界中に轟いた。
「よ、ヨモ……!?」
床に倒れたままスマホで配信を見ていた俺は、痛みを忘れて目を丸くした。
『My boss, the Super Bottom CEO Lucifer, just broke his spine! Do you know why?! Because he was fighting the IRS all night to protect our money!!(うちのボス、スーパーボトム社長のルシフェルがさっき背骨をぶっ壊した! なんでかわかるか!? うちらの金を守るために、徹夜でアメリカの税務署と戦ってたからだよ!!)』
『What!?(なんだって!?)』
『The IRS broke his back!?(IRSがボスの腰を砕いただと!?)』
チャット欄の海外リスナーたちが、突然の衝撃的な報告(やや誇張されている)に一斉にパニックを起こす。
『He is currently lying on the floor in a tiny 4-mat room, eating cheap brown rice, unable to move!! But he told me… “Yomo, don’t worry about me. Entertain the viewers!“(彼は今、四畳半の狭い部屋の床に転がって、安い玄米を食いながら動けずにいる!! なのに私にこう言ったんだ……「ヨモ、俺のことはいい。視聴者を楽しませてくれ!」ってね!)』
「言ってねえ!! 俺そんなカッコいいこと一言も言ってねえぞ!!」
俺がツッコミを入れるが、もちろん海外のリスナーには届かない。
『If my boss dies, I don’t get paid! And if I don’t get paid, I can’t sleep comfortably! We need to save his spine! WE NEED TO DEFEAT THE TAXES!!(もしボスが死んだら、私は給料がもらえない! 給料がもらえないと快適に寝られない! うちらで彼の背骨を救うんだ! 税金をぶっ倒すぞ!!)』
ヨモの圧倒的なアジテーション(扇動)。
普段の気だるげなズボラ娘からは想像もつかない、まるで革命軍のジャンヌ・ダルクのようなカリスマ性が、画面越しに世界中を熱狂の渦へと巻き込んでいく。
『SAVE THE SUPER BOTTOM SPINE!!(スーパーボトムの背骨を救え!!)』
『DEFEAT THE IRS!!(IRSを倒せ!!)』
『SuperChat: $100.00 (FOR HIS MEDICAL BILLS!)(スパチャ100ドル:彼の医療費のために!)』
『SuperChat: $200.00 (BUY HIM A NEW CHAIR YOMO!)(スパチャ200ドル:ヨモ、彼に新しい椅子を買ってやれ!)』
『SuperChat: $500.00 (OUR BOSS WILL NOT FALL TODAY!)(スパチャ500ドル:我らがボスは今日倒れたりしない!)』
同接(同時接続者数)のカウンターが、ぶっ壊れたように跳ね上がる。
三万、五万、八万……そして、ついに大台の【十万人】を突破した。
緑色のドル札(スーパーチャット)が、まるで滝のように、いや、ナイアガラの滝そのもののように画面を埋め尽くしていく。
「す、すげえ……」
俺は、腰の激痛で涙を流しながらも、スマホの画面から目を離せなかった。
あの、面接の時からやる気がなく、隙あらばサボろうとしていたズボラ娘が。
「自分の給料が出ない」というたった一つの(極めて資本主義的な)理由で、本来持っていた底知れぬポテンシャルを爆発させ、世界を一つに束ねているのだ。
「ヨモ……お前、やればできるじゃないか。俺は……社長として、鼻が高いよ……っ」
俺が感動の涙で視界を滲ませていると。
『……ルシフェル様。感動されているところ申し訳ありませんが』
ディスコードから、結愛の絶対零度のボイスが、俺の脳髄に冷水をぶっかけた。
『現在、覚醒したヨモさんの扇動により、海外リスナーからのスーパーチャットが天文学的な速度で蓄積しております。開始からわずか15分で、本日の売上は【五百万円】を突破しました』
「ご、ごひゃく……!?」
『はい。そして、先ほどルシフェル様が命懸けで設定したW-8BENにより、この五百万円はアメリカで源泉徴収されることなく、まるまる日本の法人口座に流れ込みます』
結愛のタイピング音が、まるで処刑台の階段を登る足音のように響く。
『つまり。このペースで配信が続いた場合、当期の利益は完全に振り切れ、来年のルシフェル様の税負担(法人税、消費税、各種税金)は、さらに【数百万円単位】で純増することが今、確定いたしました』
「…………ッ!!」
俺の腰の激痛を、別の種類の絶望が上書きした。
ヨモが叫ぶ。
『MORE! WE NEED MORE GOLD TO FIX HIS SPINE!(もっとだ! 彼の背骨を治すにはもっと金が必要だ!)』
リスナーが熱狂する。
『SuperChat: $1000.00 (WE GOT YOU BOSS!)(スパチャ1000ドル:ボス、俺たちがついてるぜ!)』
そして、金が降れば降るほど、来年の俺の首が、税金という名の縄でギリギリと締め上げられていく。
「やめろォォォォォ!!」
四畳半の床に転がったまま、俺は血の涙を流して絶叫した。
「もう稼ぐなヨモォォォ!! 治す! 俺の腰は気合で治すから!! それ以上俺の来年の税金を増やすなァァァァ!!」
限界を突破した腰の痛みと、限界を突破した収益の恐怖。
覚醒したズボラ娘が巻き起こす【ドルの黄金狂時代】の中で、底辺社長の哀れな断末魔は、誰にも届くことなく帯広の夜空へと消えていくのであった。
コメント
1件
ああっ…もう、今回めちゃくちゃ笑ったし、ちょっと泣きそうにもなったよ…!🤍 社長の腰、完全に限界突破しちゃったね…「メキョッ」って表現だけで痛みがビンビン伝わってきて、読んでるこっちも思わず背筋伸ばしちゃったよ(笑) で、そこからのヨモの覚醒がヤバすぎた…「私の金がかかってんだよ」って、普段のズボラ娘が給料のためにカリスマ革命軍リーダーになるの、ギャップ萌えで心臓持ってかれた🥀 スパチャ滝とか同接10万突破のシーン、脳内で爆発的な映像が浮かんで鳥肌立ったよ…! しかも最後のオチ、稼げば稼ぐほど税金で首絞まる社長の絶望…。 笑いと切なさとカオスが全部詰まった神回だった…!続き、めちゃくちゃ気になるよ🥀
191
레몬인
201
そあち♡໒꒱
88
なんたろ
1