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『……ぁ、ぇ…… 』
何が起きたのか理解が追いつかずに呆然とし、固まっているルスに向かい、いかにも魔法使いっぽいローブに身を包んだ、吊り目が特徴的な少年は構う事なく話を続ける。
『初めまして。ボクの名前は“ルートラ”。輪廻の輪に引き込まれた貴女を探し出し、やっと悲願のお迎えに…… ゴホッ!——し、失礼、失礼。知らん事を口にして警戒されたらマズイから「勧誘に来た」って言えって言われていたんだったな…… 。勧誘に!勧誘に来たんだ!』
大声になったり小声になったり、また大声で叫んだりと。一人芝居みたいな事をしながら、ルートラと名乗った少年は空中に浮いたままルスに話した。
『かん、ゆー…… 』
そんな言葉をルスが知るはずがなく、何それ?と思っていそうな声色で小さく呟くと、ルートラは何度もうんうんと頷き返した。
『そうだよ。貴女が、こんな世界から逃げたい、消えたい、全てを捨てたいと願うのをずっと待っていたんだ』
『…… 』
爽やかな笑顔をルスへ向けたが、彼女は処理落ちしたみたいにリアンの手を握ったまま黙ってしまった。
『いやー。この世界に産まれていた事まではすぐに突き止めていたんだけどね、初代魔塔主の不祥事のせいで異世界への転移魔法陣は禁忌魔法として封印されていたし、仕方なくそれを引っ張り起こしたり、各国の王族達から魔法の使用許可をもぎ取ったりするのとかで苦労しっぱなしでさぁ。いざ使ってみようとしたら“害悪にしかならない不要な存在”しか召喚対象に出来ないっていう制約が魔法陣に根強く紐付けされていたから、それをどうにか“不要な存在の周囲の者も召喚対象者として含む”ってとこまで条件を緩めたり、発動の為にはアホみたいに莫大な量の魔力が必要だったものを異世界のモノを代償として捧げる事で補える様に術式を書き換えたりするので、これまためちゃくちゃ時間かかっちゃって。それ以外にも受け入れ準備をしたり、だけど貴女だけでは目立つから他の移住者も大量に用意したり——ってぇぇ!混乱するから言うなって言われてるのにっ!』
己の口の軽さに気が付いて慌てて両手で口を塞ぐが時遅く。でも、ルートラがちらりとルスを見たが、彼女はやっぱり固まったままで、全く話を理解出来ていなかった。
『おっしゃー!わかってない!って事は、言ってないと同義!ボクは師匠に怒られない!』
ぐっと両手に拳を作って頭上高く掲げる。二、三秒そのままだったが、ルートラは頬を染め、咳払いをしながらそっと腕を下ろす。
『煩かったよね、ごめん』
首を横に振って、ルスが答える。そんな彼女の近くにそっと降りると、ルートラはその場にしゃがみ、ルスと視線の高さを出来る限り合わせた。
『改めまして。ねぇねぇ、ボクと、貴女が生きるべき世界へ一緒に行きませんか?』
『…… 』
『もちろん貴女であっても例外なく代償は必要だけど、ソレは全て“貴女にとって不用なモノ”だけで賄えるから、安心していいよ』
ニッと笑ったルートラの表情に影が差す。悪意に満ちた影だ。だがその悪意はルスへ向けられたものではなく、彼女を害した者へ向けられた感情であると、今までの経験から僕はすぐにわかった。
部屋の状況、彼女の姿、側で眠る赤ん坊。ルスの置かれたこの環境が、言葉で語らずとも境遇の全てを物語っているから、ルートラは既に全てを察したのだろう。
『ねぇ、行こう?ボクの師匠が、貴女が来るのを待っているんだ』
ルートラがルスへ手を差し出したが、彼女は取ろうとしない。だけど彼は辛抱強くルスへ声を掛ける。
『此処から消えちゃおうよ、ね?』
『…… き、える?』
『うん。此処から助けてあげる。そこの赤ん坊も、一緒にね』
優しい笑みを浮かべる。そんなルートラの顔を少しの間じっと見ていたルスは、黙ったままゆっくり頷いた。
『い、いく。きえる。…… た、たすけ、て…… 』
掠れた声でそう言い、ルスは震える手でルートラの手ではなく、服の袖の方をぎゅっと掴んだ。
『任せて!これからは素晴らしい人生が待っていると約束するよ!』
ルートラはルスとリアンを両手に抱え、すくっとその場で立ち上がった。彼だってまだ少年だろう体格なのだが、栄養不足で小柄なルスと赤ん坊であるリアンを難なく腕に抱き、宝物でも見付けたみたいに優しく微笑んだ。
『じゃあ行くよ。貴方が居るべき世界へ、逢うべき者が待つ場所へ!』
大きな声でそう叫び、ルートラが歌うような音色で呪文を唱えて異世界への転移魔法陣を起動させた。薄暗かった室内に複雑な術式で組まれた巨大な魔法陣が現れ、赤や青といった複雑な発色をしながら美しく輝く。同時に部屋の中に高く積まれていた段ボールや家具とった物が浮き上がり、魔法陣の中へ全て吸い込まれていった。
『あ、これらは復興の備品になりそうだから、ついでに貰っていくね!』
無言で頷くルスに笑顔を向けると、『そして貴女が、貴女達払う代償は——』とまで言ったルートラの言葉の続きが、魔法陣から噴き出してくる風の音で掻き消える。
全てを巻き上げていく程の風の強さに驚いてルスがルートラの服にしがみつき、彼の顔を見上げた。この時、少年の声を完全に聞き取れなかったからルスは今もまだ自分が払った代償が何かを知らないでいるみたいだが、僕はルートラの口の動きを見逃さなかった。
『代償は母親と、君へ悪意を向けた全ての者達の命だ』
——と。
風の音で聞き取れていないと確信し、少年は暗い笑みを浮かべている。
それを知り、嬉しさよりも悔しさが上回った。…… あんなモノ達は、僕がこの手で殺したかったのに。