テラーノベル
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第7話 「休日」
一緒にピアノを弾いてから、数日。
先生とは、特に何もなかった。
授業も、いつも通り。
目が合うことも、前と同じくらいに戻っていた。
あの時間だけが、少しだけ特別だった気がする。
でも、それ以外は。
いつもの毎日。
今日は、学校が休みだった。
ゆかりは、近くのコンビニへ向かう。
特に理由はない。
ただ、なんとなく。
ドアを開けると、冷たい空気が流れる。
店内を歩いていると、ふと足が止まる。
(……あ)
見覚えのある背中。
アイスコーナーの前。
先生だった。
一瞬、声をかけるか迷う。
でも。
「速水さん」
先に気付かれた。
少し驚いたような顔で、でもすぐにいつもの表情に戻る。
「……先生」
なぜか、少しだけ緊張する。
先生の手には、いくつかのアイス。
その中に、見覚えのある色。
いちご味。
「これ、好きだったよね」
当たり前みたいに言う。
ゆかりは、一瞬だけ言葉を失う。
(なんで、知ってるんだろう)
でも、聞かなかった。
「……うん」
小さく頷く。
先生は、少しだけ笑う。
「外、いい天気だし」
間を置かずに続く。
「少し、食べていく?」
断る理由が、思いつかなかった。
気付けば。
二人で、近くの公園にいた。
ベンチに座る。
アイスを開ける音。
静かな昼。
ゆかりは、いちごの甘さを口に含む。
そのとき。
ふわり、と。
甘い香りがした。
どこかで、嗅いだことがある。
(……あ)
白い花。
家の前にあった、あの花。
スノードロップ。
ゆかりは、少しだけ顔を上げる。
先生の方から、同じ香りがしていた。
でも。
「……いい匂い」
それだけしか、言えなかった。
先生は、何も答えない。
ただ、静かにアイスを食べている。
その横顔は、いつもと変わらない。
なのに。
少しだけ、遠く感じた。
(第7話 終)
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