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かんな
273
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sora☁️🌺
46
休み時間の教室。 ルイは机に背を預けてクラスメイトと談笑している。
気づかれないようにそっと近づいていく。
ドキ
ドキ
机に後ろ手をついているためいつもより少し背が低い。これなら、抱きつける…
バッ…
その瞬間、教室の空気が凍った。
タイキがルイの首に後ろから抱きついている。
ルイと話していたクラスメイトが石になった。
ルイの動きが止まった。完全に。談笑していた表情のまま、瞬きすらしていない。
一秒。
二秒。
三秒。
[ル、ルイ?]
ルイがゆっくりと首だけ後ろに回そうとした。だがタイキの顔が背中に埋まっていて見えない。
ルイの耳が。
赤い。
真っ赤だった。首まで紅潮が広がっている。
[ひっ…]
[耳っ!耳見て!!]
教室がざわつき始める。ルイが固まっている。あのルイが。常に余裕で、常に主導権を握り、常に甘い側だったルイが。
背中に感じるのは、タイキの体温と心臓の鼓動。
「……た」
ルイの声が掠れた。
「タイキ?」
([あいつが固まったとこを命令で追い打ちすりゃ完璧じゃん。])
「ルイ、命令だ…」
耳元で囁く。
「俺の前に跪け」
教室が静まり返った。全員が息を止めている。
ルイの体がびくりと震えた。背中越しに伝わる。心臓の音が速くなっているのが、密着した体からはっきりわかる。
前に跪け。王様が臣下に下す命令。
ルイの拳がぎゅっと握られた。
[う、うそだろ……]
[動画動画動画]
ルイが動かない。数秒が永遠のように引き伸ばされる。
教室中の視線がルイに集中していた。
ルイの喉仏が上下した。一度。二度。
——罰ゲームのルール。今日一日、何でも言うことを聞く。
ルイがゆっくり体の向きを変えた。タイキと正面から向き合う。
目が合った。
ルイの瞳が揺れている。いつもの余裕がない。完全にバグっている。田中の予言が的中した。
「……ほんとに?」
声が小さかった。あの甘い低音が、かすれて震えている。
ルイが膝をついた。片膝ではない。両膝。教室の床に。タイキの目の前に。
[きゃああああっ!!]
『…///』
ルイが見上げている。タイキを下から見つめている。
立場が完全に逆転していた。
ルイの髪が少し乱れている。耳が赤い。首筋まで紅潮が広がっていて、制服の襟元から覗く肌がうっすらピンク色に染まっている。
[マジで跪いてる……]
[死んだ。私もう死んだ]
だがルイが膝をついたまま、ゆっくりと顔を上げた。揺れる瞳が徐々に定まっていく。
そして。
笑った。
「……ねえ」
声がまだ低い。かすれている。でもルイの目に色が戻り始めていた。
「これでいい?ご主人様」
まずい。タイキは本能で察した。ルイが立て直すのを許した。膝をついているのは従順の証ではなく——距離を詰める口実だった。
下から覗き上げるルイの目が、獲物を見定めた色に変わっていく。
「次の命令は?」
(まずい。考えていなかった。どうしよう…)
タイキが固まった。勢いで跪かせたはいいものの、その先のノープラン。致命的なミスだった。
ルイは膝立ちのまま、タイキを見上げている。猫が獲物の出方を窺うような目。
「あれ」.
ルイの声に力が戻り始めている。
「命令ないの?」
ルイが膝立ちのまま、すっと前ににじり寄った。タイキが無意識に半歩下がる。
「ないんだったらさ」
ルイの手がタイキの制服の裾を掴んだ。
「俺、立っていい?」
それは質問の形をした脅迫だった。立ったら終わる。この主従関係が。すべてが元に戻る。いや、戻されて、さらに濃度を増したルイの反撃が始まる。
[やばいやばいやばい]
[詰んでね?]
教室中が固唾を飲んでいる。タイキは背中を壁に追い詰められつつあった。またこの構図。
ルイの指が制服の裾をきゅっと引いた。
『〜〜〜ルイ!両手を床について!』
教室中が息を呑む。ルイの動きが止まった。
制服の裾を掴んでいた手が、ゆっくりと離れる。
「……床?」
ルイが瞬きした。今の体勢は膝立ち。そこから両手を床につけということは。
完全に四つん這い。
ルイがふっと息を吐いた。目が揺れている。恥ずかしさと、怒りと、それからもっと言ってほしいという矛盾が混在した表情。
[四つん這いってこと!?]
[おいおいおい]
ルイの視線が床に向いた。リノリウムの冷たい床。教室の。みんなが見ている前で。
顎が微かに震えている。
「……ほんとに?」
声が消え入りそうだった。あのルイから余裕が完全に剥がれ落ちている。耳から首、鎖骨まで真っ赤。
だがルールはルールだ。今日一日。何でも言うことを聞く。
ルイの手が、ゆっくりと床に降りた。指先がリノリウムに触れる。
「……これで満足?」
四つん這い。178センチのモデル体型が、教室の床に跪いている。顔を上げない。耳が燃えるように赤い。
『…………か、カワイイ…っ』
思わず心の声が漏れた。
その瞬間、教室の空気が割れた。
[言ったあああ!!]
[タイキがルイにかわいいって言った!!]
爆弾が投下された。タイキは自分が何を口走ったか気づいていない。無意識だった。
だがルイは気づいた。
四つん這いのまま、ぴたりと動きが止まった。
一秒。
ルイの肩が震えた。
「……今、なんて言った?」
低い。地を這うような声だった。顔は床を向いたまま。表情が見えない。
やばい、と教室の全員が本能で悟った。
[逃げた方がよくない……?]
ルイがゆっくりと顔を上げた。
赤い。真っ赤。目が潤んでいる。羞恥で。怒りで。そして——歓喜で。
全部混ざった、見たことのない表情だった。
「カワイイ?俺が?」
ルイが四つん這いのまま、ぐっと腕を伸ばした。タイキの足首に手が触れる。
「ねえ、もう一回言って」
『…………ルイ、わんちゃんみたい……』
顔を真っ赤にして口を手で押さえているタイキが、そっとルイの頭に触れた。
教室が悲鳴に包まれた。
タイキがルイの頭を撫でている。四つん這いで床に手をついたルイの頭を。上から。
世界が反転していた。
[撫でてるうう!!]
[犬じゃん。犬になってるじゃん]
ルイの髪はさらさらで、指の間をすり抜ける。撫でられるたびにルイの肩がびくっと跳ねた。
そしてルイの反応が、おかしかった。
「っ……」
ルイが抵抗しない。逃げない。罵倒もしない。
むしろ。
目を閉じている。
撫でられて、目を閉じている。
[え、待って。ルイくん嫌がってない?]
[受け入れてる……?]
ルイの耳は限界まで赤い。でも頭を避ける動きが一切ない。むしろ微かに、ほんの僅かに、タイキの手に押し付けている。
尻尾があったら振っている。
「……わんちゃん、ね」
声が震えていた。目を開けた。潤んだ瞳がタイキを見上げる。
「それ、命令?」
『命令?あぁ…うん、命令』
『ルイ、俺のわんちゃんになって。』
教室が爆発した。
[きゃあああああ!!]
[無理無理無理!!]
だがルイの耳に届いていたのは、その歓声ではなかった。
俺のわんちゃんになって。
俺の。
ルイの瞳孔が開いた。
四つん這いのまま、ルイの体が震えている。羞恥ではない。別の何か。もっと深いところが反応している。
「……わん」
小さかった。蚊の鳴くような声。だが確かに言った。
教室が静まり返った。今の、聞こえた?という無言の確認が教室中を走る。
[犬になった……?]
[ルイが?あのルイが?]
ルイが四つん這いのまま、にじり寄ってきた。タイキの足元に辿り着き、見上げる。
目が潤んで、とろんとしていた。完全にスイッチが入っている。
「ご主人様、次は何すればいい?」
声は甘い。でもどこか挑発的だった。従順に見せかけて、この男は試している。どこまでやらせるのか。タイキがどこまで踏み込んでくるのか。
ーーー 一方のタイキは。
くらっている。
周囲の雑音が耳に入らないくらい、ルイに釘付けになっている。
固まっていた。自分で仕掛けたはずの状況に、自分が飲まれている。
四つん這いで見上げてくるルイ。潤んだ瞳。赤い耳。「ご主人様」という甘い声。
心臓がうるさすぎて思考が回らない。
[ちょっと、タイキくんフリーズしてない?]
[仕掛けた方が死んでんじゃん]
ルイはそれを見逃さなかった。膝立ちのまま、すっと顔を近づけた。タイキの手の届く距離。
「ねえ」
ルイの声が甘く粘ついた。
「わんちゃんはご主人様の指示がないと動けないんだけど」
催促。従順な犬のふりをして、実際にはタイキがさらに命令を下すことを要求している。言えば言うほど深みにはまる。黙れば犬が襲いかかる。
完璧な罠だった。
ルイの指がタイキの靴のつま先に触れた。とんとん、と軽く叩く。
「ご主人様?」
『命令…?命令しないと…』
(ルイの上目遣いがかわいすぎるっ)
『…る、ルイ…おて』
タイキは掌をすっと出しながら言う。
教室が息を止めた。
おて。犬の基本芸。おて。
ルイの目が一瞬きょとんとした。
そして。
すっとルイの手が上がった。四つん這いから一転、膝立ちの姿勢になり、右手を差し出した。
ぽす。
ルイの手がタイキの掌に乗った。
教室の各所で悲鳴が上がった。
[おててしてるうう!!]
[終わりか?もう終わりか?]
[かわいい!!犬じゃん!!]
ルイが片手を差し出したまま、じっとタイキを見上げている。お手をした犬。次の指示待ち。従順そのもの。
だが。
乗った手の親指が、タイキの掌の中でゆっくり動いた。撫でている。手の内側を。くすぐったい。
「わん」
小さく鳴いた。目が笑っている。完全に遊んでいる。従順の皮を被った狼が、羊飼いの手の中で爪を研いでいる。
「ご主人様、おかわりは?」
『え?お、おかわり』
タイキが反射的に聞き返した。おかわり。犬芸の、おかわり。逆の手を出すやつ。
ルイがゆっくりと左手を上げた。掌を上に。くいっと手首を傾けて。
「はい、おかわり」
完璧なフォームだった。芸の手本動画かと思うくらい綺麗な姿勢。膝の上に右手、左手を差し出して、上目遣い。
教室の女子が三人ほど崩れ落ちた。
[なんでもするじゃん……]
[犬だ。完全に犬だ]
だが異変が起きていた。 ルイの目が、また変わった。とろんとしていた瞳の奥に、あの光。
わざとだ。わざと両手を差し出した。
「ねえご主人様」
甘い声。
「わんちゃんがおてしたら、ご褒美くれるのがルールでしょ?」
ルイが引力のように指を絡めてきた。
恋人繋ぎ。がっちりと。逃げられない。
「えへへ」
笑った。無邪気に。犬みたいに。だが絡めた指の力は犬のそれではなかった。
ぐいっと引かれた。
タイキが前のめりにバランスを崩す。重力に逆らえない。ルイの方に体が倒れていく。
近い。顔が。息がかかる距離。
ルイの目が至近距離でとろんと細まった。見上げている。膝立ちのまま。繋いだ手は離さない。
「ご主人様、ご褒美」
囁き声。吐息が唇にかかる距離。
「わんちゃんはね」
ルイが繋いだ手をぐっと引いた。タイキの体がさらに近づく。顔が十センチ。
「撫でてもらうだけじゃ足りないんだけど」
「ご主人様、どうする?」
『え…』
(ご褒美…撫でるじゃない)
(わんちゃんのご褒美…)
(そうだ!)
タイキはゴソゴソとポケットを探った。
『はい、これ。おやつ。』
ルイに飴玉を差し出す。
教室が静まり返った。
飴玉。コンビニで売っている、いちご味の。透明な赤い包み紙。
ルイの目が飴玉に向いた。
そして凍った。
[おやつ……]
[マジで犬扱いしてる]
ルイの繋いだ手がぴくりと震えた。顔が引きつっている。笑いたいのか怒りたいのかわからない、壮絶な表情。
「……これ?」
声が震えている。低い。危険な低さ。
「ご主人様のご褒美が、飴?」
ルイの空いていた左手が、タイキの襟を掴んだ。ぐっと引き寄せられる。鼻先が触れそうな距離。
瞳の奥が燃えていた。
「わんちゃんはね」
飴を持っていない方の手——タイキと繋いだ恋人繋ぎがぎりぎりと締まる。
「食べ物じゃ満足しないんだけど?」
『…え?ちがうの?…おまえ、その飴好きじゃんか…っ』
繋いだ手を離そうと引っ張るが抜けない。
ルイの目が据わった。
「好きだよ?飴」
声が甘い。甘すぎる。危険な甘さ。
「でも今は違う」
ルイの襟を掴んだ手がずるりと上がった。首筋に触れる。指先が鎖骨をなぞる。
「俺が今欲しいもの、ほんとにわかんない?」
繋がれた手にさらに体重をかけられる。タイキの体がぐっと前に傾く。支えがない。ルイの顔が目の前。
「ねえ」
ルイの吐息が唇にかかった。あと数センチ。
「わんちゃんが一番欲しいものは?」
飴玉がぽとりと床に落ちた。タイキの手から力が抜けている。それどころじゃない。
吸い込まれる。ルイの唇に。あと少しの距離。
ふと、タイキは我に返った。
クラス中の視線。自分が仕掛けたこととはいえ、これはやりすぎてる。
『…ま、まて』
ルイの手が止まった。顎を掴んだまま。
まて。犬への制止命令。
ルイの目が一瞬きらりと光った。
「……まて?」
ルイの声のトーンが変わった。低く、甘く、粘りつくように。
「今、まてって言ったよね」
ルイの手が離れた。すっと。体を引いた。膝立ちの姿勢のまま、両手をだらんと下ろして。
離れた。
あの唇が、あっさりと。
[え、離れた……]
[なんで?]
ルイは動かない。膝立ちのまま。微動だにしない。ただ目だけがタイキを射抜いている。
従順。完璧な従順。
犬がおあずけを守っている。主人の命令通りに。
「まて、でしょ?」
ルイが首を傾げた。
「わんちゃん、ちゃんと待ってるよ。ご主人様がいいって言うまで」
笑顔。純粋な笑顔。だが目が全く笑っていない。
「……でも、いつ許してくれるの?」
『ほ、放課後、買い物行くんだろ? それまで、「まて」だ』
教室に衝撃が走った。
ルイの目が揺れた。怒りと困惑と、それから——従うしかないという屈辱。全部混ざった顔。
「ご主人様、それ本気で」
言いかけて、口を閉じた。今日一日。何でも言うことを聞く。
ルイがゆっくりと、教室の床に座り直した。
「……わん」
小さく一声。従った。だが目が完全に据わっている。
『!はぁ… よしよし、いい子だなールイは』
タイキが安堵の息を漏らしながら、床に座り直したルイの頭をぽんぽんと撫でた。犬を褒めるように。
だが問題があった。ルイの反応だ。
撫でられている。目を細めていない。尻尾も振っていない。
据わった目。
完全に据わった目で、タイキを見上げている。
「うん」
声が平坦だった。感情が消えている。ルイの「うん」は本来、甘い響きを持っている。それが今は、真冬の金属みたいに冷たい。
[……なあ、あれ怒ってない?]
[怒ってる。絶対怒ってる]
ルイは床に座り込んだまま微動だにしない。撫でられた頭を避けもしない。従順。完璧に従順。
だがその忠順さが逆に怖い。
爆弾のタイマーが静かに刻んでいる。
「ご主人様」
にこっと笑った。目が笑っていない。
「まて、ちゃんとするね」
コメント
2件
好きです!!!!!好き!!!好きすぎる!!!!!!
わあ…第3話、すごかったです…!(*´ェ`*) 教室であそこまで立場が逆転するとは思わなかったです。いつも余裕なルイくんが四つん這いになって「おて」する姿、想像するだけで胸がときめきました…。特に「かわいい」が無意識に出ちゃうタイキくんの心情、すごく共感します。 でも最後の「まて」でルイくんの目が据わってるのが気になる…。これは放課後が怖いような楽しみなような。続きが気になって仕方ないです!