テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
俺の地元は、かなりの田舎だった。
子供の数も少なく、小学校も一つだけではない。
隣の小学校の校区からも何人かが同じ中学校へ進学してくる。
それでも、ようやく一学年が100人ほど。
そんな小さな中学校だった。
家から学校までは、自転車で10分もかからない。
家を出てすぐの坂道を登り、そこから下って、少し歩けば学校に着く。
歩いても十分通える距離だったが、俺は自転車通学をしていた。
理由は部活だ。
ほぼ毎日部活があり、着替えや荷物も多かった。
普段は18時頃に部活が終わる。
そこから友達とくだらない話をしながら、自転車を並べて帰る。
「今日のあれヤバかったな」
「明日もあれやるんかな」
そんな、今思えばどうでもいい話をしながら帰る時間が、俺は結構好きだった。
ただ、月に2回だけ、部活が遅くなる日があった。
外で練習したあと、夕方から体育館でも練習する日だ。
その日は20時に部活が終わる。
さすがに疲れている。
それでも友達と話しながら帰るのが楽しくて、家まで10分もかからないのに、途中で話し込んで21時頃に帰ることもあった。
そんな普通の中学校生活を送っていたある日。
地元に、大きな台風が来た。
風も雨もかなり強かった。
幸い、俺の家や学校に大きな被害はなかった。
台風が過ぎ去った翌日。
いつものように学校へ向かおうとした俺は、家を出てすぐの坂道で足を止めた。
「……え?」
坂の途中が、陥没していた。
横には川が流れている。
どうやら川に面していた部分の土が、大雨でごっそり流されたらしい。
いつも通っていた道の一部が、まるで削り取られたようになくなっていた。
これでは自転車では通れない。
「直るまで迂回しないといけないのか……」
学校に着いてから、同じ地区に住んでいる友達4人とその話をした。
問題は、迂回路だった。
道は二つある。
一つ目は、かなり長い急な坂道を登って、大きく遠回りするルート。
自転車で行くには、とにかく疲れる。
そして、もう一つ。
坂道はない。
ただ、県道から中へ入り、土手沿いを通っていくルートだった。
距離だけなら、こっちの方が楽だった。
ただし――
その道には、寺がある。
寺のすぐ横には墓地。
そして墓地の隣には、かなり古いラブホテルがあった。
道幅は、車一台がやっと通れるくらい。
昼間なら、俺たちは何とも思わず通っていた。
地元の人間なら、誰でも知っている道だ。
でも。
夕方から夜に、そこを通るのだけは嫌だった。
理由がある。
俺が小学6年生くらいの頃。
同級生の森岡と鈴木が、夕方にその道を歩いて帰っていた。
二人はいつものように、道端に落ちている石を蹴りながら、くだらない話をしていたらしい。
「今日楽しかったね」
「あのカード、今度交換してよ」
そんな話をしながら歩いていると、墓地の入口付近に差し掛かった。
そのときだった。
「僕たち、ちょっとこっち来て手伝ってくれないか」
174
18
#短編
水底 ずい
376
13ed1
130
男性の声がした。
二人は足を止めた。
顔を見合わせる。
僕たち……?
自分たちのことだろうか。
「早く来てくれー」
また声がした。
二人が墓地の方を見ると、50代くらいの男性が立っていた。
こちらに向かって手招きをしている。
「こっちこっち。早く来てくれ」
二人は特に怖いとは思わなかったらしい。
森岡は、お墓の掃除でもしている人なのだろうと思った。
時間は17時を少し回ったくらい。
二人は男性の方へ近づいていった。
あと数メートル。
そこで、森岡が一瞬目を離した。
そして、もう一度男性を見た。
――いない。
「……え?」
さっきまで、確かにそこにいた。
二人は立ち止まった。
辺りを見渡す。
墓地には誰もいない。
隠れられるような場所もない。
「さっき、おっちゃんに呼ばれてたよね……?」
「……うん」
「なんで……いないん?」
二人はしばらくその場に立っていた。
そして、同時に気づいた。
――これ、ダメなやつだ。
二人は何も言わず、墓地から走って逃げた。
家に帰るなり、親にそのことを話した。
「あれ、絶対幽霊だよ!」
鈴木がそう言ったらしい。
田舎だったこともあって、その話はすぐに同級生たちの間でも話題になった。
そして、その年の夏。
小学校最後の夏休み。
俺たちは、その墓地へ肝試しに行くことになった。
参加したのは8人。
森岡と鈴木を含めた同級生8人だ。
「まあ、なんもないやろ」
「家も近いし、なんかあったら親呼べばいいやん」
そんな軽いノリだった。
4組のペアを作る。
そして、森岡と鈴木が男を見たという場所まで行き、そこに飴を一つ置いて帰ってくる。
ただ、それだけ。
最初のペアが向かった。
しばらくして戻ってきた。
「余裕やん」
何もなかった。
二組目も行った。
戻ってきた。
何もない。
三組目。
四組目。
結局、誰も何も見なかった。
「全然余裕やん」
「時間も計っといてや」
みんな笑っていた。
森岡と鈴木の話を、半分くらい疑っていたのだと思う。
「なんや、雰囲気だけやったな」
そんなことを話しながら、8人で墓地の前を歩いて帰った。
墓地を抜ける。
そのすぐ隣に、古いラブホテルがある。
誰も気にせず、その前を通り過ぎようとした。
――そのとき。
「僕たち、ちょっとこっち来て手伝ってくれないか」
男の声がした。
全員の足が止まった。
一瞬、誰も何も言わなかった。
「……今、聞こえた?」
誰かが小さな声で言った。
みんなが顔を見合わせる。
そして、森岡を見る。
森岡の顔が、明らかに強張っていた。
隣を見る。
鈴木はその場にしゃがみ込み、両手で耳を塞いでいた。
「おい……二人とも、どうしたんや?」
森岡は、ラブホテルの方を見たまま動かなかった。
そして、小さな声で言った。
「……この声」
「え?」
「この声……前に話してた男の声……」
その瞬間だった。
「早く来てくれー」
同じ声が、もう一度聞こえた。
森岡と鈴木が、同時に走り出した。
「おい、待て!」
俺たちも慌てて走った。
誰も振り返らなかった。
誰一人として、振り返ることができなかった。
あの日以来、俺たちは夕方以降にあの道を通るのが怖くなった。
そして数年後。
中学生になった俺たちの前で、台風によっていつもの坂道が使えなくなった。
迂回しなければならなくなったとき。
俺たちは、あの二つのルートを見て黙った。
急な坂道を登って遠回りするか。
それとも――
寺と墓地と、あの古いラブホテルの横を通るか。
結局、昼間は何ともない。
だから学校へ行くときは、そちらの道を使った。
問題は、部活が終わったあとだった。
特に20時まで部活をした日。
真っ暗な土手。
誰もいない寺。
その横に並ぶ墓。
そして、その先にある古いラブホテル。
自転車を漕ぎながら、俺たちは自然と無口になった。
誰も、あの声の話をしなかった。
口に出したら、本当に聞こえてしまいそうだったからだ。
今でも思う。
あの声は、一体誰だったのだろう。
森岡と鈴木が最初に聞いた声。
そして、俺たち8人が聞いた声。
確かに同じだった。
でも、分からないことが一つある。
あの声は――
本当に墓地から聞こえていたのか。
それとも。
墓地の隣にあった、あの古いラブホテルから聞こえていたのか。
俺たちは今でも、その答えを知らない。
ただ、あの日以来。
夕方を過ぎたあの道を通るときだけは、今でも少しだけ思ってしまう。
もし、あの声が聞こえたら。
絶対に、振り返ってはいけない。
そして――
「こっち来て、手伝ってくれないか」
そう呼ばれても。
絶対に、近づいてはいけない。
コメント
1件
うわあ、これめっちゃ怖い……! 台風で通れなくなった道って設定からもう背筋が冷えたよ。肝試しの話で8人全員が同じ声を聞いた場面が特にヤバい。しかも声の主が墓地からなのかラブホテルからなのか明かさないまま終わるの、すごくいい余韻の残し方。地元の日常がじわじわ侵食される感じがリアルで、ホラーとしてすごく丁寧に書かれてるなって思いました。続きが気になる……!