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「……あー、死ぬ。このままだと暑さと残高の低さで死ぬ」
烏丸神社の拝殿。蓮は冷房も効かない古い畳の上で、だらしなく大の字になっていた。
手元のスマホでは、課金ガチャの「爆死」を知らせる無慈悲な演出が流れている。
「蓮! またそうやって電子の博打に現界の銭を溶かしておるのか! 掃除をせよ掃除を!」
「うるせぇなコマ。掃除したところで賽銭が増えるわけじゃないだろ。……あ、そうだ。神社の裏山を切り開いてサウナでも作れば、『ととのう神社』としてバズるんじゃねぇか?」
「神域を娯楽施設にするなと言っておろうが!!」
もふもふの白い塊が蓮の腹にダイブした瞬間、境内の空気が一変した。
凛とした、どこか高級な香水の香りが風に乗って漂ってくる。
「おやおや。相変わらず、ここはカビと貧乏の匂いがよく馴染んでいますね」
聞き覚えのある、これ以上ないほど「育ちの良さ」を感じさせる澄んだ声。
蓮が顔を上げると、そこには抜けるような白い狩衣を完璧に着こなした青年が立っていた。
御手洗 雅(みたらい みやび)。全国に数千の分社を持つ日本最大級の神社・御手洗大社の次期跡取りだ。その後ろには、血統書付きを絵に描いたような巨大で美しい白狼が、優雅に控えている。
「……うわっ、出た。歩く高額納税者」
「ふん、相変わらず失礼な男ですね、烏丸くん。今日は近くまで仕事に来たので、貴方の『廃屋(やしろ)』がまだ倒壊していないか確認しに来てあげたのですよ」
雅は扇子で口元を隠し、爽やかに目を細める。その背後では、彼の神使である白狼が、コマを見て鼻で「フン」と笑った。
「なっ……! 蓮! あの大型犬め、拙者を鼻で笑ったぞ! 今すぐ噛みついてよいか!?」
「やめとけコマ。あっちの毛並みは一回のお手入れでうちの生活費一ヶ月分だ。弁償できねぇよ」
ピリピリとした(一方的な)空気が流れる中、境内にフラフラと一人の男性が迷い込んできた。
近所で小さな洋菓子店を営んでいる佐藤という男だ。
「助けて……助けてください、神主さん……。店が、店がもう限界なんです……っ」
蓮が目を凝らすと、佐藤の体には無数の「黒い星」が、まるで害虫のようにびっしりとこびりついていた。
蓮の能力には、それがはっきりと見える。……それはネット上の『不当な低評価(レビュー)』が具現化した怪異だ。
「(あー、これか。悪意あるレビューボットの集団攻撃だな)」
雅がいち早く前に出た。
「お困りのようですね。安心しなさい。我が御手洗大社の『天光清浄術』をもってすれば、このような穢れ、一瞬で浄化してみせましょう」
雅が美しく印を結ぶ。その瞬間、彼を中心に神々しい光が放たれた。まさにエリート。絵になる。
だが。
「……あれ?」
雅が放った光は、佐藤の表面を撫でるだけで、黒い星の怪異には一切干渉できない。それどころか、怪異たちは「レビュー内容」のノイズを吐き出しながら、さらに佐藤の首を絞めていく。
『美味しくない』『接客が最悪』『保健所に通報した』
「な、なぜです!? 私の神聖なる光が効かない……!?」
「無理無理。雅様、アンタの力は『清らかなモノ』にしか反応しねぇんだよ」
蓮が、面倒くさそうに立ち上がった。
「ネットの悪意ってのは、正義感ぶった連中の『泥のように濁った自己満足』だ。アンタみたいなキラキラしたお坊ちゃんには、その『汚さ』が理解できねぇだろ」
蓮は懐から、ロゴ入りのタッチペンを取り出す。
「佐藤さん。お祓い代は……あー、御手洗君への見せしめも含めて、成功報酬20万で。代わりに、アンタの店を救う『最強のSEO対策(お祓い)』をやってやるよ」
「たっ、助けてくれるなら、なんでもしますっ!」
蓮がタッチペンを空中に走らせる。
「コマ、あっちの大型犬に負けたくねぇなら、神力全開で貸せ!」
「言われずとも!! 拙者の意地を見せてくれるわ!!」
コマが激しく輝き、蓮の手に神力が凝縮される。
蓮は、雅が呆然と見守る中、佐藤の体に群がる「黒い星」の中心点――すなわち、攻撃を仕掛けている悪徳業者のIPアドレスが具現化したコアを見つけ出した。
「天界の光じゃ、このドロドロのネットの闇は照らせねぇんだよ。……闇には闇を、バグには強制終了を」
蓮がコアに向かって、タッチペンを鋭く突き立てる。
「――逆SEO・因果応報(スパム・リターン)。」
ドォォォォン!!!
電子的な爆発が起こり、佐藤に憑いていた黒い星たちが、一瞬にして逆方向へと飛んでいった。それは攻撃元である「悪徳業者」のサーバーへと直接、呪いを跳ね返したのだ。
佐藤の体から重苦しい空気が消え、代わりに床にはシュレッダーにかけられたような大量の「星1のアイコン」が紙屑となって降り積もった。
「なっ……なんて野蛮な解決方法だ……! 呪いを跳ね返すなど、神職として……っ!」
「結果がすべてだろ、エリート様」
蓮は鼻で笑い、佐藤から預かった二十万円の封筒を、雅の目の前でこれ見よがしに振ってみせた。
「……雅。アンタの綺麗な神事じゃ腹は膨れねぇが、俺の『ゴミ拾い』は現金を産むんだよ。次はもっと、ネットの勉強してから来いな」
雅は顔を真っ赤にし、白狼と共に、文字通り逃げるように高級車へと乗り込んでいった。
「おのれ……! おのれ烏丸蓮! 次こそは我が御手洗の正義が正しいことを証明してあげますからね!!」
走り去る高級車。
蓮はそれを見送ることもせず、封筒の中身を確認してニヤリと笑った。
「よし、コマ! 晩飯は出前で一番高い寿司だ!」
「蓮……。貴様、少しは神職としての品位をだな……。……まあ、拙者の分にはマグロを多めに入れろよ?」
結局、一番現金なのは誰なのか。
夕暮れの境内には、いつも通りの不毛で、けれど少しだけ潤った会話が響いていた。
(第2話・完)