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「あ、あれ、そういう意味だったんですか!? もう! もっと分かるように言ってくださいよぅ。|屋久蓑《やくみの》部長ってば人が悪いです! ホント、ドS! 意地悪! キョコン!」
さも言わなかったことが悪いみたいに責め立てられた|大葉《たいよう》は、(いや、言わない優しさってのもあんだろ)と心の中でひとり言い訳をして。
最後に一つ巨根とか言われた気がしたが、さすがに会社でうら若き女子社員がそんなことを口走るわけないし、気のせいだよな?とスルーすることにした。
そうして気を取り直したように
「ってことで妖精の線は消えたわけだが……ほかに何か心当たりはねぇか?」
無駄だと知りながらも、一応聞いてみた。
***
|屋久蓑《やくみの》部長に、最有力候補と思われた妖精さんのイタズラ疑惑をつぶされて、|羽理《うり》はお手上げ。
結局あの不思議現象の原因は何だったの?の振り出しに戻ってしまった。
(妖精さんのイタズラなら私が部長の家に飛ばされる可能性はつぶせたと思ってホッとしてたのにぃ!)
何となく我が家の妖精さんの仕業なら、イタズラの範疇も自分の家の中に限定されるかな?と思えて安心出来ていたのに非常に残念だ。
「妖精さんじゃないなら私には分かりません……」
意気消沈して答えたら、屋久蓑部長はしばし何事か考える素振りをして。
「なぁ、一応聞いとくんだが……お前いつも風呂は何時頃入ってる?」
いきなり入浴時間帯について聞いてきた。
(レディの入浴時間を知りたいだなんて、エッチな人ですね!?)
――そういう人、嫌いじゃないです!
なんて心の中で密かにムフフとほくそ笑みながらも、羽理は屋久蓑部長の真剣な表情に気圧されて、思わず真面目な顔で答えてしまった。
「……退社時刻にもよりますけど……大体二十三時前後ですかね?」
「は? 何でそんなに遅いんだ! 荒木、お前まさか毎日残業でもしてんのか?」
――俺が入る時間と変わんねぇじゃねぇか、と付け加えながらジロリと睨まれて、羽理は思わず「ひっ」と悲鳴を上げた。
先日は風呂上りで髪も下りていて幼く見えたから余り感じなかったけれど……会社で見る屋久蓑大葉は髪の毛をきっちり整髪料で整えていて。
切れ長の眼光鋭い目と、美術品ですか?という整った顔立ちがはっきりと視界に飛び込んでくるから、睨まれると割と迫力があって怖いのだ。
でも考えてみれば羽理は屋久蓑部長の恥ずかしい秘密を色々知っている。
ちらりと怖いお顔から視線を逸らして下半身に視線を送ると同時、俄然いつもの調子を取り戻した。
「残業なんてするわけないじゃないですかっ。きっちり定時には上がりますよぉ! 私、その日の仕事は全力で時間内にやり遂げる主義ですので!」
「じゃあ何してたらそんなに遅くなるんだ? 夜更かしは美容の大敵だぞ?」
(ちょっと部長、貴方、お母さんか何かですかっ)
やけに突っ込んで聞いてくる屋久蓑部長に、羽理は内心タジタジ。
これ以上詳しく話してしまったら、色々障りが生じてしまいそう!
だって、帰宅してご飯を食べたりしたあとに、執筆タイムを設けているからですよ!なんて言えるはずがないではないか。
今、目の前の部長様を主役に据えた、『魔法使いはビッグマグナム(仮タイトル)』のプロット作りにワクワクソワソワしているだなんて、絶対にバレるわけにはいかないのだ。
かといって、小説投稿サイト〝皆星〟で絶賛連載中の『あ〜ん、課長っ♥ こんなところでそんなっ♥』の話をするのもマズイ。
(あれは倍相課長への妄想小説だからっ)
作中の課長様のお名前が〝柴井 祥〟とか結構安直で……下手したら〝バイショウ〟が名前の中に取り込まれていることに気付かれてしまうかも知れない。
『ビッグマグナム(仮)』の方では屋久蓑部長がモデルだとバレないような名付けを心掛けよう!と思ってしまった羽理だったりする。
「……おい、荒木?」
急に押し黙ってしまった羽理へ、屋久蓑部長が怪訝そうな顔をしてくるから、羽理は完璧にテンパってしまった。
「え、えっと……ビッグマグナムの構想を練ったりするのに夢中だからです!」
それで思わず要らないことを口走って、屋久蓑部長に「は? ビッグマグナム? 何だそれは。俺にも分かるように話せ」と言われてしまう。
「や、屋久蓑部長には関係ありません! 趣味の話ですのでっ」
苦し紛れにそう言ってから、羽理は最初から『帰宅後に趣味の時間を取っているので』と言葉を濁しておけばよかったと気が付いた。
でも、何と言うか……割と具体的に脳内の一部を口走ってしまった手前、逃げ切れそうにない雰囲気が漂って。
「なぁ、荒木よ。全く関係ないという気がしないのは何故だろうな? 趣味とは言え、やましくないなら俺にもちゃんと話せるんじゃないのか? ん?」
この辺はやはり部長様と言うべきか。
一度疑問に思ったことは、部下の口からとことん突き詰めて聞きださずにはいられないという雰囲気を醸し出していらっしゃるから。
羽理は思わず「ひっ」と引きつった声を出して、ますます屋久蓑部長に距離を詰められてしまう。
(そんな出来る上司のスキル、今は必要ありませんよっ!?)
結局、羽理は趣味で小説を書いていることを屋久蓑部長にポツポツと支障のない範囲で(?)語ったのだった。
***
「|荒木《あらき》さん、大丈夫だった? 何か|屋久蓑《やくみの》部長と白熱した議論を交わしていたようだけど……」
げっそりした様子で部長室を出てきたと同時、部長室外で待ち構えていた|倍相《ばいしょう》課長から心底心配そうに顔を覗き込まれて、|羽理《うり》は後ろめたさに居た堪れない気持ちになる。
「だっ、大丈夫です。ご心配お掛けして申し訳ありません」
(すみません。課長とのあんなことやこんなことの妄想を、危うく屋久蓑部長に暴かれそうになりましたっ。でもお互いの尊厳は死守したのでご安心ください!)
頭の中でそんなことを思いつつ、しゅんとして謝罪の言葉を述べたら、何故か羽理に続いて部長室を出てきた屋久蓑部長に、「荒木、お前俺に対する態度と倍相課長に対する態度が違い過ぎないか?」と不満を言われてしまう。
「やっ、ややこしくなるので屋久蓑部長は出てこないで下さい!」
思わず部長室にいた時のテンションのまま。
総務部長様を、「ハウス!」と指図せんばかりの勢いでキッ!と睨み付けたら、フロア全体が「おぉぉぉ」とどよめいた。
「俺にそんな口が利けるの、お前と社長ぐらいだわ」
ククッと笑って屋久蓑部長は羽理の頭へ一瞬だけポンッと手を載せると、部長室へ引っ込んで。
羽理は、一体何しに出て来たんですか!と思わずにはいられない。
だが、羽理の周りはそんな二人のやり取りに驚かされるばかりで。
目の前でその様を見せつけられた|倍相《ばいしょう》|岳斗《がくと》などは、目を白黒させて羽理を見ていたのだが、羽理はその視線にも気付かないまま、ぺこりと頭を下げると、すたすたと自席へと戻ってしまう。
だが、当然と言うべきか。
戻るなり仁子に「ちょっと羽理っ。あんた、いつの間に屋久蓑部長とあんな仲良くなったの!」と肩を揺すられて。
「仲良く!? バカなこと言わないでっ。あの人は私をいじめて楽しんでるだけだよ」
はぁーっと溜め息をついて屋久蓑大葉の出張費の清算や仕分け作業を開始した。
いつもより厳しい目でチェックしたのは言うまでもないのだが、さすが鬼の屋久蓑部長と言うべきか。
何一つ不正計上らしきものは混ざっていなかった。