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#悪役令嬢
#ドアマットヒロイン
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敵意や、何かを企んでいるような気配がない。ただ感じるのは溢れんばかりの歓喜と好意だ。前世と全く同じ世界だったとしたら、十九年の間に何があったのか。それよりは前世によく似たパラレルワールドかもしれない。
(この世界のことは少しずつ知っていけば良い。……それに体が幼児になったのは、ある意味よかったのかも。こんなに幼いのなら、今すぐに婚姻を結ばれることもないもの)
前世では16歳から結婚が可能となる。ここでも同じくらいだとしたら、16歳になるまでの猶予があるはず。もっともいつ元の姿に戻るか不明なので、楽観視はできないが。
「やはり、教えては貰えないのでしょうか」
ふと色々考え事をしている間に、琥珀色の瞳と目が合う。名前を教えて貰えないかもしれないと凹んでいた。そして泣きそうな姿を見て、自分が意地悪をしているような気分になる。
「……雫」
「え」
「春夏秋冬が名字、名前が雫……」
「シズクか。可愛らしい名前ですね。とても可愛らしい」
「──っ!」
ぱあ、と大輪の花が咲き誇るように笑みを浮かべた。顔が良い人の笑みは破壊力が凄い。この人誰だろう。少なくとも私の知っているヴィクトルではない。
「あの……どうして……私を……助けてくれだんでしゅか?」
うう、幼くなったからか舌足らずな喋り方になってしまう。しかしそんな私をルティ様は馬鹿にせず、真っ直ぐに見つめたまま答えてくれた。
「シズクが私の片翼で、ずっと、ずっと探していた大切な人なのです」
苦しそうな笑顔で私を見つめる。でも私も同じくらい痛くて苦しい。
「──っ、それって……本能で大切なだけ? それって私個々人はどうでもいいの?」
「そんなことは! ……本能的に貴女を特別視する部分は否定しません。けれどそれ以上に貴女を見て、抱きしめて、話をして……傍に居たいと思ったのです。シズクを見つけた時に、止まっていた心臓が高鳴った。そんなのは三百六十年ぶりのことなのです。一目惚れというものが近いでしょうか」
「一目惚れ……」
「ええ。……ずっと立っているのも辛いでしょう。こちらへ」
ルティ様は困った顔で微笑みながらも、ソファに座るように促してくれた。驚くほど紳士的だ。しかもルティ様は片膝を突いたままだった。
(あくまで惚れた切っ掛けが《片翼》だった……?)
ルティ様の言葉が素直に受け取れないのは天狐族で、顔や声が元夫のヴィクトルそっくりだからだ。人間、深く傷ついた出来事いうのは、そう簡単に払拭されない。ルティ様がどんなに良い人だったとしても、《片翼》を求めている抱けて私の中では危険人物で、警戒するのは当然だ。
「ここ世界はステラソルムと呼ばれて、天上の神々によって様々な種族が生み出され魔法が存在する世界なのです。私はこの周辺に広がる西の森全域フェアリーロズの管理、守り人として暮らしている森の大賢者ルティと呼ばれています」
(天狐族と名乗らないのは、どうして?)
フードを被ったままなので、私はルティ様に手招きをする。私に近づいても良いと思ったらしく、嬉しそうに距離を詰めた。それを見計らってフードを取る。これで怒ったとしても、その時はその時だ。
「わっ」
「ごめんなしゃい」
白銀の長い髪と、狐の耳と片方だけ折れた黒い角がハッキリと見えた。やっぱりヴィクトルにソックリだ。でも私を見る瞳は温かくて、優しい。それが痛い。
どうして今更。あの人と同じ姿がで、全く違う顔を見せるのか。いっそまったく姿が違っていたら──。
「もしかしてフードを被っていたから、怖く見えていたのですか?」
(どうしてこんなに私を気遣うの? ブリジットの時は全然違ったのに……)
「シズク?」
「……うん。その……自分と違う種族の人が、元の世界にいなかったの……」
日本には肌の色が違う国が違うなどあるけれど、亜人族や森人族などの人族以外の種族がいなかった。
ルティ様は納得したのか、尻尾が大きく揺らいだ。なんとも分かりやすい。
「ああ、なるほど。シズクの元いた世界では私のような種族はいなかったのですね。私は天狐族であり、正式名称は天竜狐族なのです。竜の因子が強く、ほら角があるでしょう?」
そう言って角を近づけたので、黒く捻れた角に触れてみた。つるつるしてすべすべだった。なぜかルティ様が触って良いと言ったのに、すぐに私から離れた。
「…………シズク、言い出したのは私ですし……きっと意味を分からずにしていると思いますが……」
「?」
「私以外には、そういうのは駄目ですからね?」
よく分からないけれど、凄い圧で言われたのでとりあえず頷く。忘れていたけれど、種族による作法が違うことを失念していた。グッと覚悟を決めると両手の手のひらを差し出した。
「?」
ルティ様は「ん?」と小首を傾げたが、私の小さな手を両手で包み返す。
「(いや、何しているの!?)……違う」
「違いましたか。それはすみません……」
「うん。間違えたら手に鞭を打つ?」
「打ちませんよ!?? 元の世界でそんなことをされていたのですか?」
「違う」
おかしい。ブリジットが天狐族の作法を覚える際に、間違えると手のひらを鞭で叩かれた。しかしこれは王女として教育をする時にも失敗した時に鞭打ちをしていたので、この世界でも何らかのペナルティーがあるかと思ったのだが、違うらしい。
「間違いに厳しい種族だと思ったの。だから鞭を打つのかもって」
「そんな怖いことしません!」
私の知っているヴィクトルは、『私のために、そこに居ればいい』と、結婚したその日に言われた言葉を今も忘れない。あの時から私と元夫との関係は壊れていたし、歪だった。
(そもそも《比翼連理の片翼》を失って、《高魔力保持者》は長くは生きられないはず。十九年も耐えられるはずがない。何らかの方法で延命して、転生するのを待っていたとしたら、今度は逃さないように刷り込むつもり?)
「シズク。そのこれからのことですが……」
「元の世界には、戻れないの?」
「──っ」
そう尋ねたら、ルティ様は泣きそうな顔をした。どうしてそんなに苦しそうなのか、ちっとも分からない。
(ああ、でも片翼がいないとこの世界でも延命できないとしたら、私がいなくなるのは困るのか……)
「……シズク、よく聞いてください。人族の《比翼連理の片翼》とは、神々の祝福で選ばれた者なのです」
「え?」
目眩がした。