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※途中(6話)抜けていたようです
「なあ。」
ホームに電車が入り込む音と共に、自分達へ向かう風が一緒に吹き抜けて行く。声をかけられた笹岡は、怜の方を見る。
なぜか、楽しそうな顔をしている。
「ん。」
「お前、俺を巻き込もうとしてる?」
「…そんなつもりないけど、結果的にそうなっちゃったね。」
笹岡は、あっけらかんとして言う。
到着した電車のドアが音を立てて開くと、そこへ二人で乗り込む。笹岡とは途中まで行き先が同じらしい。降りていった乗客もまばらだったが、時間帯のせいもあるのかかなり混んでいる。人の中を潜り抜けるようにして、どうにか連結部分の方へと二人は潜り込んだ。
ふと見渡してみると、なんと向こう側の車両に、生徒会長の男が立っている。怜は思わず笹岡の方を見る。こちらには気づいてないようだが、話しても向こうに聞こえそうな距離だったのもあり、怜は何も言わずにポケットから携帯電話を取り出し、それを見始める。
気付けば、笹岡は怜の携帯を覗き込んでいるように見える。ふざけているのかと思い、怜は眉を顰めると大袈裟にそれを傾け見えないようにする。
電車は何駅かを通り過ぎ、大勢の人が乗っているが静かに揺れている。
カーブが有り、曲がったと思った時に怜の肘に笹岡の体が当たる。怜はそれを避けるが、ますます笹岡の身体が自分へと密着して来るように感じる。怜は、遂に顔を上げて笹岡の方を見る。
正確には、怜は笹岡の頭を見下ろしている。笹岡は、こっちへ身体を向けたまま、怜が携帯を見る為に片手を上げている体勢に身体を寄せてたかと思うと、手を怜の脇腹の方へと差し込んで来ていた。流石に、偶然ではないと気付いた怜は(おい)と声を出そうとする。
ちらと笹岡が顔を上げ、悪戯っぽい顔をして笑う。
が、怜の反応も気にせずに、笹岡はますます手を深い所へと這わせて行く。脇腹、そこから徐々に上がっていき、背中、それから反対の方へ。
そのとき、怜ははっとして、反対側の車両を見る。
さっきの生徒会長の男が、こちらを見ている…怜は、笹岡の方を見る。笹岡は、自分の顔を怜の胸へとくっつけた所だった。
やばい。と怜は思う。何故か分からないが、自分の方もかなりやる気になっていた。だが、周りに人が居り、どうすればいいのか分からない。笹岡はというと、自分の胸元で小さく息を吸い込んでいる……
がたんがたんと音が鳴る。乗客の咳払い、それから衣服が擦れるような音がする。
「サワグチ。」
「…」
「あの話、あとで言うよ。」
「……。」
「すごい、音する。ここ…の、電車」
怜は身動き取れないまま、けれどなんとか左手を使って笹岡の身体を離す。
押された笹岡は顔を上げ、怜の方を見る。
「変なこと、するなよな。」
怜に向かって、笹岡は小さい声で呟く。
逆に笹岡からそう言われ、なぜか怜は笹岡の肩を押していた手を離した。生徒会長の気配を、蓮は横から感じている。
が、笹岡は電車の次のカーブの時、それほど電車が揺れても居ないのにふたたび怜の胸に頭を押し付けて来た。
………
生徒会長の男は途中で降りて行ったようだった。中心部にある駅を通り過ぎるとかなり電車が空いて来たお陰で、二人は空いた席に並んで座る。
「でも俺、もう直ぐ降りるから」
怜は隣の笹岡に向かって言う。
「ふーん。知ってるよ。」
笹岡はニヤニヤ笑っている。
「なんだよ」
怜は笹岡を睨もうとするが、なんだか覇気が出ない。しかし、このままだと相手のペースにはまるだけだと思い、怜から「あの話って」と切り出す。
「…結局は何があったの?
まさか、あの生徒会長みたいにお前がちょっかい出して、逆恨みされて追いかけられてるなんてことないよな」
「ああ…そんな風に、思う?そんな風に見える?俺って」
「逆にそういうとこしか見てないけど」
笹岡はうーんと考え込んでいる。
「いや。実はさ、単純な話なんだよ。
あの女、村川って言って、同じ学年の生徒なら誰もが知ってるはずの女なの。知らない?」
「うーん。名前だけじゃ知らないけど、そんな有名なの?」
すると笹岡は声を出して笑い出す。「違う違う。転校して行った奴なんだよ。同じ学校の同じクラスのやつ。で、まあまあ成績も良くて、目立ってた」
「ふーん」
怜は当然、自分のクラス、自分の部活内、そういう範囲内の物事しか知らない。「で」
「うん。それで…そいつと俺とで、競ってたんだよ。次のテスト、その次のテストって、れっきとした勉強でさ。
何でそんなことになったかというと…これもまた、色々あるんだけど、これはクラスの奴しかあんま知らないから。ともかく俺もそいつも勉強が出来たから、調子に乗ってたんだよ。
俺は、まず一回勝った。次も勝った。
…それで、もう彼女が、転校するって前に、俺の方が入院することになっちゃって」
怜はそう話している笹岡の横顔を見る。
正直、本当のことを言っているのか、嘘なのかもよく分からない。けどこの狭い範囲でもよく通る声が次々と出てくる笹岡の口元を見ているうち、たしかに、自分のクラスで手を挙げて得意気に何かを発表する笹岡の姿が浮かんだ。
「それで…どうなったんだっけな。テストはとにかく、なんとか終えて、順位は見てない。多分忘れてるだろうなって思って、過ごしてた。そしたらある時、電話がかかって来て、その村川から、今から会えないかって」
「うん」
笹岡は、ちらとこっちを見る。
「分かる?そういう状況。果たし合いなんてまさか、やるわけないだろ。クラス内だけの話だと思ってたからさ。なんか、やべえとは思ったんだよ。
…そいつ、すっごい気が強くて。男子と、口喧嘩しても勝っちゃうような奴で、まかり間違っても、俺の好みでは全くないわけ。でも俺が、なんで一生懸命だったかというと…」
「…」
「まあとにかく、待ち合わせの場所には行ったよ。来て、って言うからさ。」
そこで、車内放送がかかる。次に止まる駅の名前が流れる。
「あ、次だ」
笹岡はそう言い、怜の方を向いて笑顔になる。
怜はドキリとする。
笹岡はそのまま笑顔を保ってこちらを見ていた。互いに、顔を向かい合わせたまま、電車がじょじょにスピードを落とすのを待っている。
「それで?どうなったの。」怜は聞く。
「え。告られたよ。勿論、ふったけど」
…結局そういう話になるのかよ。
怜は思い、そういえば笹岡がホモかどうかの話は一体どうなったのかと思い出す。「そういうこと。」怜は言い、笹岡が次の駅で降りるため、立ち上がるのを待つ。
「サワグチはそういうのないの」
突然、笹岡は怜の手に触れる。
怜が笹岡の顔を見ると、直ぐに手を離して立ち上がる。もう電車は止まりそうだった。
「じゃあな」そう言って、笹岡は背中を向けると、電車を降りて行った。