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『感情を殺した日』

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『感情を殺した日』

6 - 第6話「本当は、誰よりも弱いくせに」

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2025年06月27日

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三枝葵が、“少しだけ”変わった。
昼休み、彼女は珍しくスマホを気にしていた。

無意識に画面を何度もスワイプし、目を伏せて、通知を確認して、

またロックをかけて、ため息をついた。


昨日の私のひと言が、効いてる証拠。


「それ、誰かに言いたかったんじゃない?」


そう。

あの一言は、彼女の“強さ”を疑わせるための導火線だった。



その夜、私はひとつのアカウントを使った。

サブ垢。アイコンも偽名も変えて、

適当な共通のタグを使って、彼女の投稿にコメントした。


《なんか三枝さんの言葉って、強いけど疲れてそう。》


1時間後、彼女は投稿を消した。



次の日、葵は教室で笑っていた。

でも、笑いのタイミングがズレていた。

声もわずかに大きくて、言葉の切れも不自然だった。


強がってる。


“自立してる”私を守るために、もっと強く自分を縛ってる。


その姿が、本当にみっともなくて、愛おしかった。



昼休み、私はあえて葵に話しかけた。


「葵ってさ、なんか“男っぽい”よね。

サバサバしてて、媚びない感じ?」


「んーまぁ、そういうとこあるかも」


「でも、そういう人がたまに弱音吐いたら、ギャップですごい好感度上がるのに。

“全部自分で抱えてる人”って、見てる方もしんどくない?」


その瞬間、葵のまぶたが一度だけ震えた。


ああ、効いてる。

彼女は、**“誰にも甘えられない自分”**が正しいと信じている。


だから、甘えろと言われると、

その生き方すらも否定された気がしてしまう。



放課後。

私はまた、図書室にいた。


そこには当然のように、西園寺がいた。


「進んでるね」

彼は机にノートを置きながら言った。


「なにが?」


「君の中での、“操作”の精度」


私は笑った。


「人間なんて、支点を見つければ動くよ。

三枝葵は“自分を捨ててまで強くなろうとした人”。

その強さが嘘だって、本人が一番気づいてる」


「じゃあ君は?」


「は?」


「君は、なんのために強くなってるの?」


一瞬、息が詰まった。


その問いは、思ってもいなかった。


私が人を壊すのは、支配するため。

支配するのは、のし上がるため。

のし上がるのは……なんのため?


「…さぁ、そういうの、もう必要ないから」


「それが、もう“壊れてる”ってことなんだと思うよ」



西園寺はそれだけ言って、静かに立ち去った。


彼の背中を見ながら、私は唇を噛んだ。


ほんの少しだけ、胸の奥がざわついたのが悔しかった。



夜、葵のSNSにまた一つ投稿が上がっていた。


《“頼られる人”でいなきゃって思ってたけど、

誰も私に頼ってなんかいなかった。》


崩れてる。

仮面が、少しずつ剥がれていく音がする。


あと一押し。

あと一歩。

そうすれば、また一人――この世界から、消える。



誰にも気づかれずに、

誰かの心を壊せるって、最高に気持ちいい。


『感情を殺した日』

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