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「……え?」
耳障りな笑い声が消えた。振り返ると、アルマの姿はない。ただ血痕だけが壁に残っている。嘘だろ。足が震えて立てない。このまま逃げないと本当に殺される——。
次の瞬間、僕の意識は急激に遠のいた。まるで暗いトンネルの中を猛スピードで引きずられるような感覚。視界が歪み、頭蓋骨がきしむ音が聞こえる。そして最後に見たのは、どこか懐かしさを感じるバーのカウンターだった。
***
目を開けると、そこは古びたジャズバーだった。薄暗い照明の中、琥珀色の酒瓶が並ぶカウンター。隣には、今まさに思い浮かべていた顔――アルマが座っていた。彼は長い指でグラスを回している。あの血まみれの服じゃない。シンプルな黒のシャツを着ていて、髪も整っている。
「やっと気づいたか、ヒロキ」
名前を呼ばれて我に返る。そうだ。ここは二ヶ月前に偶然見つけた店だ。当時、仕事のストレスで荒れていた僕は、この静かなバーに救いを求めたんだ。そして……。
「お前は俺に一目惚れしたんだよな?」
アルマの言葉に息を呑む。確かにそうだ。初めて彼を見たとき、その鋭い瞳と洗練された雰囲気に惹かれた。でもそれがどうして殺人に繋がるんだ?
「違う! そんなつもりじゃなかった……」
「お前のその無垢さが俺を狂わせたんだよ」
アルマはゆっくりと立ち上がり、こちらに近づいてくる。
「純粋な感情なんて久しく忘れていた。だから確かめたかった。お前の好意が本物かどうかを」
路地裏で倒れている男性。その傍らに立つ血染めのアルマ。彼の口元には薄笑いが浮かんでいる。でもその目には、どこか苦しそうな光が宿っていた。
「お前は俺を恐れている。それでいい」
「ち、違う! 僕はただ……」
「ただ?」
「ただ……君のこと……もっと知りたいと思ったんだ」
そう言った瞬間、アルマの表情が一瞬だけ和らいだように見えた。しかしすぐに鋭い眼差しに戻り、手が伸びてきた。避けられない。
次の瞬間、ナイフが突き立てられた。深く。熱い痛み。まただ。時間跳躍——。
***
目を開けると、やはりバーだった。アルマは隣に座っている。カウンター越しにバーテンダーがグラスを磨いている。日常の一コマ。でももう知っている。これが終わりで始まりなんだ。
「アルマ……」
「なんだ?」
「君は一体何者なんだ?」
長い沈黙の後、彼は言った。
「俺はお前を守るために生まれた存在だ」
意味が分からない。でも一つだけ確かなことがある。この恐怖は恋だ。血に染まった愛だ。そして僕は選択を迫られている。逃げるか受け入れるか。