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百子はぎくりとしたが、何とか言い訳を絞り出した。
「……明日はホテルに泊まるわよ。その後は住める部屋を探して、住んでた家から私の荷物だけを引っ張ってきて引っ越すわ」
「それだと高くつくぞ。明日以降どうするか考えてるのか? それとも泊まる当てでもあるのか?」
「それは……今から作るわ」
(見え見えの嘘つきやがって)
「無いのかよ。無いなら無いって言えばいいだろ。お前は昔から素直じゃないよな」
百子はムッとして言い返した。
「別にいいじゃないのよ。東雲くんには関係ないでしょ」
彼女のぶすくれた声が掛かっても、陽翔には全く届かなかった。
「いいや、あるね。昨日繁華街で助けた時点で大ありだぞ。関わり持ちたくないのなら、俺はあの場から逃げてた。残念だったな。まあ流石にそこまで酷い目に合ってるとは思わなかったが」
百子は何も言い返せず、唇を噛んだ。
「だから俺にも関わらせろ。ここにしばらく住んでそこから通勤したらいい。住む場所を見つけるにしても、最低でも1ヶ月はかかるだろうし。その間まさかずっとホテル暮らしするとか思ってるなら、下手をするとお前の月収が吹っ飛ぶぞ。その間の洗濯とか、飯も出来合いの物が中心になるからその費用も馬鹿にならんし。荷物もほぼ家にあるのに、取りにいけるのは平日だけだとお前の仕事にも支障がでるだろうな。荷物を取りに行けたとて、持っていける物には限りがあるし、ホテルに置いておくとしてもチェックアウトの時に一気に持って行けるのか」
百子は反論しようとしたが、彼の言うことはいちいちもっともだ。むしろ百子の策の方が現実離れしており、なんならお金の心配もつきまとう。しかも泊まる当ては無いに等しい。流石にあんな事情を話して同僚の家に泊まるのも気まずいし、実家に帰ろうとしても、そこから通勤すると片道で1時間半もかかる。そして百子の友人達は皆揃って既婚者なので、泊まらせてくれとはとてもじゃないが言い出せない。
さらにプロジェクトのリーダーに任命された百子としては、発表を控えているのに今有休を取る訳にもいかないのだ。
「……わかったわ。ホテルに泊まるのは止めにする。現実的でもないし。少しだけここに厄介に……いいえ、お世話になります。不束者ですが、よろしくお願いします」
百子は深く頭を下げた。陽翔はその言葉に一テンポ遅れたものの、顔を赤らめて上ずった声を出した。
「ああ、よろしく……。まずはしっかり休息を取れ。お前のその状態は誰が見ても休息が必要だからな」
しかし百子はその提案に首を振った。陽翔はムッとして何かを言おうとしたが、それにかぶせるように百子は口にする。
「えっと……今日はちょっと買い物をしたくて。その、着替えとかをいつまでも東雲くんに借りるのも気が引けるし、下着も替えがいるから……」
それを聞いて陽翔はしまったと思った。服に関しては家にいるなら陽翔のものでも問題はないが、仕事に行く時には一着しかないのも困るし、女性用の下着は流石に陽翔の家には存在しないからだ。色々と失念していたが、彼は百子の買い物に付き合う旨を申し出た。
「え? なんで? 一人で行けるんだけど」
「俺も買い物したいやつがあるからついでだ。今日は何も予定を入れてないからな。それに万が一お前の彼氏と鉢合わせしたらどうするんだ。その体で上手く切り抜けられるのかよ。何かされたらどうするんだ。十中八九お前を連れ戻そうとすると思うぞ」
弘樹の話題を出されて体を硬くして顔を青ざめさせた百子だったが、申し訳なさそうな声音で呟いた。
「だってこんなに良くしてもらってるのに、これ以上迷惑は掛けられないし……宿泊代も受け取ってくれないのに、私の事情にこれ以上巻き込みたくないわ」
(……なるほどな。茨城も茨城なりに思うところはあるのか)
百子の義理堅いところは、どうやら大学時代から変わっていないらしい。相応かどうかは不明だが、対価を払おうとするところが彼女らしかった。そこは好感が持てるものの、それが今悪い方向に向かっているのは考えものだった。
「じゃあこうしよう。宿泊代は全額受け取らないが、今日の昼に何か奢ってくれ。外食は滅多にしないから、たまには旨いものでも食べたいしな」
百子は最後の発言のせいで、前半の内容があまり頭に入らなかった。
「東雲くん、自炊してるんだ……何か意外」
陽翔の口が真っ直ぐになった。確かに学生時代はプライベートなことを言った覚えがあまりないとはいえ、彼女の中の自分のイメージが一体どんな風になっているのかがやけに気になる。
「悪いかよ。出来合いの物は高いし、自分が旨いものを食べたいなら自分で作るのが一番早いし安上がりだろうが。手間がかかるものは外で食べたいがな」
どうやら陽翔は金銭管理も中々堅実らしい。百子は単純に料理が好きだから自炊しているが、彼のような考え方も素敵だと感じた。
「悪いなんて言ってないわよ。取り敢えずこれは受け取って。居候の身だけど肩身が狭い思いはしたくないもの」
百子は封筒の中から一万円札を1枚抜き取り、陽翔に向かって再び差し出す。彼はそれを受け取り中身を見て何か言いたそうにしていたが、頷いて一度立ち上がり、その封筒をカバンにしまう。
「そうだ。東雲くん、10時に着くようにお店に行きたいわ。遅めに行くと……弘樹、いいえ、元彼と鉢合わせしそうだから。あの人は夜型だから、こちらが早く行けば会わないと思うの」
「分かった。飯食って洗濯物を乾かしたら行くか。頭痛は大丈夫なのかよ」
「鎮痛剤を持ち歩いてるからそれで凌ぐわ。飲んで30分したら効くし。ありがとうね」
そう言って鎮痛剤を飲む彼女を見て、陽翔は何故か苦い顔をしていた。