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「お前の数字は、お前の口から出ろ」——ここ、めちゃくちゃ刺さりました。専務、良い上司だなあ。表面上は突き放すような言い方だけど、ちゃんと主人公の立場を守ろうとしてるのが伝わってくる。東雲さんの「正面から頑張って」って台詞も、ライバルとしての矜持を感じさせて好きです。会議室の空気、ひりついてましたね。佐伯さん、どう切り抜けるんだろう。続きが気になる!
六時に会社を出ると、ビルの前に白い薄手のコートが立っていた。
「ひよりさん。十五分だけ、いいですか」
東雲さんは、私の返事を待たずに歩き出した。断る理由を探しているうちに、角の喫茶店に入っていた。奥の席。東雲さんは私の分までコーヒーを頼んで、頼んでから、言った。
「ブラックでよかった?」
「はい」
「奏さんの好きな食べ物、知ってますか」
正面から来る人だ、と専務は言った。本当に正面から来た。
私は、知っていることを探した。好きな食べ物。思い当たるのは、一つしかなかった。
「社内の自販機で、ブラックしか買いません」
東雲さんが、カップを置いた。
「……それは、好みじゃなくて習慣です」
「ほかには、知りません。一緒に暮らして、十日なので」
「十日で、普通はもっと知るものですよ」
「そうかもしれません」
東雲さんは、コーヒーを一口飲んだ。それから、カップを置いて、私を見た。
「奏さんは、子どものころ、甘いものが好きでした。家の人には言わなかったけど。私は知ってる」
「……」
「私、負けるつもりはありません」
はっきり言われた。
「でも、あなたを陥れるつもりもありません。裏で動く人は嫌いなの。あの、秘書の人みたいに」
氷室さんのことだ、とすぐに分かった。東雲さんは私の顔を見て、分かったことを確かめて、続けた。
「あの人、お父様に何か報告してますね。寝室のこととか」
「……はい」
「私は、そういうやり方で勝ちたくない。だから、あなたに直接聞く。それだけは、約束します」
東雲さんはコーヒーを飲み終えて、伝票を取った。
「明日、報告会でしょう。営業企画の」
「どうしてそれを」
「お父様の予定表に載ってるの。奏さんが議長の会は、全部」
東雲さんは立ち上がって、コートの襟を直した。
「正面から、頑張って」
何を頑張るのか、聞けなかった。東雲さんは先に店を出て、私は冷めたコーヒーを飲み切った。
甘いものが好きだった、と東雲さんは言った。台所の段ボール箱に、甘いものは入っていない。知っているのは、ブラックの缶の数だけだ。それでいい、と思おうとして、思い切れなかった。
夜、台所。
私は台帳から数字を抜いて、一枚にした。会議室Fの稼働率、三年ぶん。各階の消費量。前年比。四月に作ったメモと同じ形で、同じ数字を。
専務が帰ってきて、椅子に座ったところで、その一枚を机の上に置いた。
「明日、会議で使ってください」
専務は、紙を見た。手を出さなかった。
「何だ、これは」
「佐伯さんが出せない数字です。これがあれば、専務が聞いたときに、答えが合っているかどうか分かります」
「……」
「私が記録係で座っているより、専務の手元にあるほうが」
「それは、お前のものだ」
専務は、紙を押し返した。
「俺が使ったら、佐伯と同じになる」
「……同じ、ですか」
「お前が作った数字を、お前の名前を出さずに、俺の手で出す。それは佐伯がやったことと同じだ」
私は、紙を見た。自分の字。揃った数字。
「聞かれたら、答えろ」
専務が言った。
「答えたくなければ、答えなくていい。記録係は、聞かれたことに答える。それだけでいい」
「……はい」
「俺は、聞くだけだ」
深夜の台所と同じ言い方だった。私は紙を引いて、台帳に挟んだ。
専務は立ち上がって、台所を出ていこうとして、入口で止まった。
「お前の数字は、お前の口から出ろ」
振り向かずに、それだけ言った。
金曜の朝、七時四十分。五階の棚に青いペンを二本足して、台帳に書いた。残り十本。数えることは、いつもと同じにできた。
九時、会議室C。
#年の差
当麻月菜
1,226
星キラリ

1,535
#略奪
秘翠ミツキ
1,891
美並ナナ
1,572
長机の端に座って、ノートを開いた。台帳は、鞄の中。昨夜の一枚は、台帳に挟んだまま。出すつもりはない。聞かれたら、答える。
出席は、専務。それと、常務。常務を近くで見るのは初めてだった。専務より背が低くて、声が大きい。入ってくるときに「おう」と言った声で、部屋の数人が背筋を直すのが分かった。
営業企画部の部長。経理の部長。課長は私の隣で、何も言わずに座っている。
机の上には、資料。
『オフィスコスト最適化プロジェクト 中間報告』
表紙の下に、小さな字で、こう書いてあった。
協力:総務部
私は、それを読んだ。読んで、ノートに書いた。協力、と。
佐伯さんが前に立った。明るい色のスーツ。両手を広げる前に、常務が言った。
「先に言っておく。佐伯の提案は、営業の売上と同じ重みで評価する。管理部門の数字遊びじゃない。会社の金の話だ」
専務は、資料から目を上げなかった。
「では、数字の出どころから」
「……はい」
佐伯さんが、資料をめくり始めた。各階の備品の消費量。一括調達の見積もり。会議室の稼働率。年間二千万円。
コスト委員会で聞いた数字。四月に私が作った数字。
「会議室については、現状の稼働率が低い部屋を閉じて、残りを集約することで――」
「ページを戻してくれ」
専務の声は、大きくなかった。でも、佐伯さんの手が止まった。
「稼働率の表だ。六ページ」
佐伯さんが、六ページを開いた。会議室A、B、C、D、E。それと、F。
専務は、その一行に指を置いた。
「この会議室Fの稼働率、誰が数えた」