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「あたし、ゴハン、いっしょ、だれ、食べる?」
「んーと、今日は私達と一緒なのよー」
「パフィ、ミューゼ、いっしょ!」
これまでに教わった色々な単語を組み合わせて、楽しく話をするアリエッタ。まだうまく繋げられないので、途切れ途切れで順不同に単語を並べているので、理解するのに若干のタイムラグがあるが、今までとは段違いに会話が出来ている。
「アリエッタ、おいでー」
パフィが膝をぽんぽんと叩くと、アリエッタは嬉しそうに近寄ってきて、一瞬ハッとなって少しだけ恥ずかしそうにしながら、ちょこんと膝に座る。パフィはその瞬間がたまらなく好きなのだ。
(あ、やば。鼻血出そうなのよ……)
なんとか溢れ出そうな興奮を抑え、アリエッタを抱き寄せて頭を撫でる。するとアリエッタの全身から力が抜け、その身をパフィに委ねる。
「パフィ……すき……」
「はぐっ」
うっかり今の気持ちが覚えた言葉となって口から洩れ、その相手の胸に深刻なダメージを与えるまでが最近の一連の流れである。撫でられている間の記憶は曖昧になるので、言った本人はその気持ちを秘密に出来ているつもりなのだが。
「また死にそうになってる。ほらパフィ、買ってきたよー」
「ありがと……なのよ」
丁度ミューゼが買い物から帰ってきた。今夜の食材などを買ってきたのだ。
「ほら、ミューゼがゴハン買ってきてくれたのよ。アリエッタもお礼言うのよー」
「ふぇ?」
頭を撫でられて気持ちよくなったアリエッタは、トロンとした目と紅潮した顔をミューゼに向けて口を開いた。
「ミューゼ、しゅきぃ」
「をほぅっ!」
ズドォッ
ミューゼは勢いよく膝から崩れ落ちた。
そんな日常を過ごしている3人だが、最近の食事事情は少しだけ変わっていた。
パフィが作った料理を美味しそうに食べるアリエッタの姿をオカズに、手元に残った最後のパンを齧っているミューゼが、その話を始める。
「そうそう、明日はネルネさんがアリエッタと食事するって」
「たまにはと思ったけど、いくらなんでも頻繁なのよ。昨日だってシャンテが連れていったのよ」
「これも仕事の一環だって、凄く謝られたけど」
「貸し出したら、毎度可愛いアリエッタが返ってくるのよ。でもー、んむー……」
アリエッタの貸し出しのお願いに、パフィは不満を露わにした。アリエッタに美味しい物を食べさせて、幸せそうな笑顔を見るのは、日々の楽しみなのだ。
「テリア様も、こーゆー事はもうしばらくしたら終わるから、今だけ我慢してって言ってたけど、何してるんだろうね?」
「テリア、ゴハンたのしー。シーッ」
「しー? 秘密なのよ? 楽しいって、あの王女何してるのよ……」
一緒に食事しているアリエッタだが、何をしているかは2人に言っちゃダメと、ネフテリアにしっかりと教え込まれている。
「終わったらちゃんと教えるって言ってたし、今だけ我慢しましょ。ほらアリエッタ、あーん」
「あーん」
本当は探りに行きたいとも思っていたが、食事が終わってアリエッタが返ってくると、その姿は必ず可愛らしく着飾られているのだ。それに手荒な着せ替え人形にされた様子もないので、2人は強く出れないのだった。
「総長にでも相談してみる?」
「それもそうなのよ。明日行ってみるのよ」
というわけで、後日リージョンシーカー本部にやってきたパフィだったが、
「あー……すまんが、いまはテリアにしたがってくれ」
と、思いっきり濁されてしまった。
仕方ないので、大人しく待つ事にした。
しかし、アリエッタが連日で連れ出される度に、保護者2人の機嫌は目に見えて悪くなっていく。
そして次の日の事。
「あのー。お借りしてた、アリエッタちゃんをお連れしましたー」
「あ゛り゛え゛った゛あああああ! おかえりなのよおおおおお!!」
「うわひょっ!?」
飛んできたのかと思えるような勢いで、店員からアリエッタを奪い取った。
さらに後日。
「こんばんはー。今日もごめんねーアリヒェッ!?」
「うふふ、おかえりなさい……」
(なにこの家なんでこんな寒いの!? ミューゼちゃん怖いよ!)
店員を迎えるミューゼの顔が見ただけで足がすくんでしまうような冷たい笑顔になっているが、アリエッタが顔を上げた時だけはとてもまぶしい笑顔に変わっていた。
そして……。
「今日もありがとね、アリエッタちゃん」
「はいっ。たのしー!」
「そっかそっか。よかったねー。さて、だいぶ荒んでるって話だったけ……ど……」
フラウリージェ店員の1人、エークタルトは見た。渡り廊下の先にあるミューゼの家の裏口、少しだけ空いたドアの隙間からこちらを見つめる4つの虚ろな瞳を。
「ひぅっ!」(なにあれ怖い! もしかしなくてもミューゼとパフィよね!)
「タルト? なーに?」
「あ、いや、なんでもないの。ちょっとごめんねー」
「?」
恐怖で顔を青くしたエークタルトは、怖がらせないようにアリエッタの目をそっと塞いだ。そして再びミューゼの家の方を向いた時、既に視線の主は目の前にいた。物凄く暗い形相で。
「ぐむぅっ!?」
パフィが叫びかけたエークタルトの口に食べ物を突っ込み、ミューゼがアリエッタを瞬時に奪い取った。そして何が起こっているのか全く分からないアリエッタの左右の頬に、ミューゼとパフィが口づけをする。
「ふええええええ!?」
ばたん
身に覚えのありすぎる頬の感触に、アリエッタは叫んでいた。いまだに恥ずかしさは消えないようである。
その叫びに乗じて、ミューゼとパフィは猛スピードで家の中へと戻っていった。
「………………んぐ……グヘヒッ、ヒヒ」
これまで見た事の無い恐怖を目の当たりにしたエークタルトは、その場でへたり込み、食べ物を飲み込んでからは正気を無くしたかのような音を口から出し、涙をぽろぽろと零すのだった。
しばらくしてオスルェンシスの影によって地面に沈むように回収され、フラウリージェへと運ばれたが、ここで見た事はなぜか覚えていなかったという。
「えっ、流石に怖くなってきたから、アリエッタちゃんを借りるのは当分やめた方がいい? 何かあったの?」
「いえ、その……そろそろ死人が出そうというか……」
「なにそれ……」
全てを知っているオスルェンシスは、あの出来事をネフテリアに報告していいか迷っていた。語ってしまうと、なんとなく自分に不幸がふりかかるような気がしたのである。
「んーでももう少しだと思うのよねー。しょうがない、わたくしがミューゼと交渉してきますか」
「あの、何があってもお助け出来ないと思うので……お気をつけください」
「えっ、どーゆー事……?」
その後、いつの間にかエルトフェリアの裏側で倒れていた王女がゆっくりと地面に飲み込まれていくという恐ろしい目撃情報が、密偵達の間で話題になった。翌日の昼には無事な姿を確認したが、夜が近くなると鬼気迫る顔で「鎮まりたまえ!」と、たくさんの子供服を並べて祈りを捧げる王女の姿が、裏口で目撃されたそうな。
この事はどこからか情報が漏れ、ニーニルにおける最恐の怪談の1つとして噂になっていった。
「おい知ってるか? エルトフェリアの裏口で……」
「その話なら知ってる。たしか通る人を飲み込んでしまう黒い廊下の話だろ?」
「あそこの廊下白いけど、黒い廊下って本当にあるのか?」
「俺が聞いたのは、半透明の赤い人影に見つかると追いかけまわされるって話だ」
「真っ白な子供の霊が走り回って、その親と目が合うと数日後に体から赤い花が咲いて死ぬって聞いたことあるぞ」
「呪われても子供服を捧げると助かるらしいな」
「本当かどうか調べに行った奴がいるんだが、背後に気配を感じたと思ったらいつの間にか寝てて、門の前で目を覚ましたらしい」
人から人へ伝わるごとに、噂に尾ひれがつき、謎は大きく膨れ上がっていく。
皆さんも、エルトフェリアの裏口にはご注意を……。
今日も賑わうニーニルの町中に、水色の髪の少女が佇んでいた。見た目は10歳にも満たない程度で、アリエッタと同じくらいの身長である。
地味なローブを着て少しだけ変わった形の杖を持っている。ファナリアでは一般的な旅装とされている格好で、所々汚れている。通行人は1人でいる少女をチラリと見るが、遠くから来たのだろうと深く気にする事はなかった。
「ここがエルトフェリア……本当にあった……」
少女は目的地に到着したようで、目の前の建物を眺めていた。
「ど、どうしよう。大きい……」
どうやら建物の大きさに怖気づいている様子。
「こんな大きな家だなんて、この町には大きな人がいるのね……」
真剣な顔でそんな事を呟いている。偶然その呟きが聞こえた人々は、吹き出しそうになるのをなんとか耐え、平静を装いながら通り過ぎていく。
「でも……行かなきゃ……確かめなきゃ……」
少女は意を決し、その身にはやや大きすぎる杖を抱いて、エルトフェリアの中へと進んでいった。