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イルカショーの会場に向かう通路は、ライトがキラキラしていて綺麗だが、手を繋いで横を歩く明彦が浮き足だっているせいでロマンチックな気分にはなれなかった。
しかし、それでもイルカが真正面から見渡せる席に着けば麗もワクワクし始め、早く始まらないかと時計をチラチラと見てしまう。
隣にいる明彦が、後ろの人の邪魔にならないようにとパンダ帽子を外し、膝の上にパンダの顔がくるように置いた。
(育ちがいい)
なかば呆れながら、麗は暇潰しにとスマートフォンを取り出し、今日撮った写真を明彦に見せようとした。
麗のカメラロールの中身は笑顔の明彦の写真でいっぱいで、ほとんど使ってこなかったスマートフォンがここにきて大活躍だったのだ。
そのとき、ちょうど継母から着信が来て、慌てて出た。
「もしもし、お母様どうなさいましたか?」
継母は電話など滅多に掛けてこない。よっぽどの用事だろう。
姉に何かあったのかと思うのに人が多い会場では五月蝿くて全く聞こえず、麗は明彦の手を離し、目配せして席を立った。
「麗ちゃん? もしもーし?」
入り口の近くまで行くとやっと継母の声が聞こえた。
「すみません。お待たせしました。いかがなさいましたか?」
「急に電話してごめんね。もしかして明彦さんとデートだった?」
落ち着いた何時もの口調の筈なのに、どことなく、継母の声は弾んで聞こえる。
「そんなところです」
「そう、楽しんでいる時にごめんね……。実は病院から電話があってね、あの人が危篤なんですって。でも、病院から遠いなら来るのは明日でもいいわよ。あっ、悪いんだけど麗音に連絡してくれないかしら? 私国際電話の仕方がわからなくって」
(危篤……ああ、ついに死ぬんだ、あの人)
その瞬間、麗はさきほどまでの高揚感を一切失った。
「……私も国際電話の仕方はわからないので、明彦さんに後でお願いしてみますね」
声が震えそうになるのを堪え、麗は継母に合わせて明るい声を出した。
「ありがとう、よろしくね」
「いえ。これからお母様も忙しくなるでしょうし、私にできることなら何でも仰ってくださいね」
「ありがとう。麗ちゃんってほんといい子ね。助かるわ」
「いえ……」
これから麗は通夜と葬式の準備を手伝わなければならない。
その前に喪服も必要だ。
それに、継母が葬儀屋と交渉するのは難しいだろう。そういった事が得意な人ではない。
(姉さんがいないのだから、私がやらなきゃ。ああ、だけど、葬式は社葬になるかもしれない。一応社長だったし。祖母の社葬はそれは立派だったらしいし。いや、あの人のためにわざわざ社葬をするのかな? そもそも、葬式と社葬は両方やるの? 明彦さんに相談しないと。ううん、でしゃばりすぎか? 庶子の分際で本妻を飛び越えて葬式についてあれこれ決めるわけには……)
「また電話するわね」
「はい、ありがとうございます」
悩んでいる間に継母が電話を切ったので麗は明彦のいる席に戻った。
「電話、何だったんだ? 顔色が悪いが大丈夫か?」
明彦が楽しみにしていたショーがもう始まるのに、気を遣わせてしまい申し訳なく、麗は笑顔を作った。
「大した用じゃなかったよ」
そうだ、大した事ではない。明彦に伝えるのはショーが終わってからでいい。
「本当か?」
「……うん。せや、明彦さん、国際電話の仕方わかる?」
相続のことで姉には近いうちに帰ってきてもらわなければならないだろう。相続放棄の仕方も調べなければならない。
庶子の分際で父の遺産まではもらえない。
「ああ」
「じゃあ、悪いんやけどショーが終わったらお願いしていい? あ、いよいよ始まるね。楽しみ!」
アナウンスが始まり、会場を照らしていたライトが暗くなる。
「麗、何があった?」
「ショー始まるから、静かにせな」
「麗!」
じれたように腕を捕まれ、明彦と目を合わせる。
「ほんま、大したことないよ。あの人、危篤なんやって。それだけ……」
ポロリと溢してしまった言葉に明彦が目を見開いた。