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みぅ🤍🥀です。10話、読みました。 相田さんの「見たあとのことを決めてから」って台詞がすごく刺さった…。由美が手帳に夫の言葉だけを書き写してるのに自分の言葉がどこにもないって気づく場面も、胸がぎゅっとなった。 そして最後、ひなのに笑顔で手を振られるあの瞬間。相手に「見られてる」ってバレてる感、背筋が冷えた…。一枚だけじゃ不十分って分かってても、これ由美さんどう動くんだろう。続きが気になる。
相田由美は、名刺を出してから、最初にこう言った。
「私は、確かめられないことは言いません。それでよければ」
「はい」
駅ビルの七階。窓のない小さな部屋に、机と椅子が三つ。相田は四十代で、髪を短くまとめ、ペンを持ったまま私の話を聞いた。
私は順に話した。申込書。写真。見学の確認書。マンスリーの住所。夫が家を出た日付。
相田は途中で一度も口を挟まなかった。話し終えると、ペンを置いた。
「それは一般論ですが」
相田は、前置きしてから話す人だった。
「写真だけでは弱いです。相手の女性が撮った写真は、撮った日と場所を本人が決められる。誰が見ても『この日、この二人が、ここにいた』と分かる形にしたい。同じ建物への出入りを、日付をつけて、何回か」
「何回」
「多いほどいい。一回では、たまたまと言われます」
私は手帳を出した。五年分の、夫の帰宅時間。「残業」と書いた日に、ひなのの写真の日付を重ねて、四十一個の印。
相田はそれを、一枚ずつめくった。
「これは、ご自分で」
「はい。五年前から」
「理由は」
「分かりません。書いておきたかったので」
相田は手帳を閉じて、私に返した。
「使えるかどうかは、私が判断します。でも、書き続けてください。日付と、時刻と、相手が何と言ったか。それから、家を出た日のこと。何を持って、何と言って出たか。全部」
「書きます」
「それから」
相田は机の上で、手を組んだ。
「これも一般論ですが。不貞の証拠は、集める側が壊れます。見なくていいものを見るので。あなたは、見に行くつもりですね」
「行きます」
「止めません。ただ、見たあとのことを決めてから行ってください。帰る場所と、連絡する相手を」
「帰る場所は家です。連絡する相手は、います」
相田は、私の顔を少しのあいだ見てから、うなずいた。
「金額の話は、今日はしません。聞かれても答えません。それは、証拠がそろってからの話です」
「はい」
「次は、写真が撮れてから」
三十分で終わった。帰りに受付で、次の予約を取った。「高梨様」と呼ばれて、「はい」と答えた。
家に戻って、手帳の新しいページを開いた。相田に言われたとおり、日曜のことを書く。
『11/15(日)昼。スーツケース一つ。シャツ六枚、ネクタイ三本、歯ブラシ、充電器。「郵便は転送しなくていい」「ピッチ終わるまでだから。十日に最終プレゼン」「普通、もっと怒るだろ」「お前のそういうとこ、楽だよ」。玄関の結婚写真は見ずに出た。「じゃあ」「いってらっしゃい」』
書き終えて読み返すと、夫の言葉だけが並んでいた。私の言葉は、三つしかなかった。
五年分の手帳も、同じだった。夫が何時に帰って何を言ったかは書いてあるのに、私が何を言ったかは、どこにも書いていない。
私は手帳を閉じて、帽子と眼鏡を出した。
◇
夕方、私は悠人の会社の最寄り駅で降りた。
帽子と眼鏡。黒のコート。いつもの一つ結びをほどいて、下ろした。鏡で見ると、知らない人に近かった。知らない人になるのは、思ったより簡単だった。
住所の建物は、駅から歩いて十分の、単身者向けのマンションだ。七階建て。オートロック。向かいにコンビニがあり、その前に、雑誌の棚の影になる場所がある。
私はそこに立った。
十八時。十八時半。会社帰りの人が、建物に入っていく。コンビニの店員が一度、私を見て、雑誌を立ち読みしているのだと思ったらしく、目を戻した。
寒い。コートのポケットの中で、指輪の跡のある指を、親指で押さえている。押さえるものがないと、指が落ち着かない。
十九時を過ぎた。
駅のほうから、二人が歩いてきた。
悠人は、私が畳んだ青いシャツの上に、コートを着ている。隣の女は白いコートで、悠人の腕に自分の腕を通している。二人は何かを話して笑い、悠人の笑い方は、申込書の写真と同じだった。
私はスマホを構える。
撮る。もう一枚。二人が建物のオートロックの前で止まり、ひなのが鍵を出し、扉が開いて、二人が中に入るまで。
画面の右上に、日付と時刻が出ている。十一月十七日、十九時十二分。
手は、震えていなかった。
悠人が今朝、会社で何と言ったかは知らない。でも、今夜の『残業』は、ここだった。私の手帳の、四十二個目の印になる。
それだけを確かめて、私はコンビニに入った。奥のトイレの扉を閉めて、便器の前にしゃがんだ。
出たのは、昼に食べたものだけだった。出し終えると、口をすすいで、手を洗った。鏡の中の知らない人が、口元を拭いた。
相田の言葉を思い出した。見たあとのことを決めてから。
帰る場所は家で、連絡する相手は、いる。
私はトイレを出て、水を一本買った。レジの人は、私を見なかった。
◇
もう一枚、と思った。
一枚では、たまたまと言われる。相田の言葉だった。二人が出てくるところか、せめて部屋の明かりが点くところ。
コンビニの自動ドアを出て、雑誌の棚の影に戻ろうとした。
そのとき、建物のオートロックの扉が開いた。
ひなのが一人で出てきた。白いコートの前を開けたまま、スマホを顔の高さに構えて、何かを撮りながら歩いてくる。
道を渡る前に、ひなのは顔を上げた。
私のほうを、まっすぐに見た。
そして、歯を見せて笑って、手を振った。