テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
灯が来なくなった。
はじめは、雪のせいだと思った。年末は雪が多いから。雨と同じで、雪の日には来れないことを知っていた。だが、曇りの日も、雲一つない晴天の日も、灯は来ることがなかった。
冬休みに入って、時間だけがある。いつもの場所に行って、ベンチに座る。自販機がぶうんと獣が唸るような音を鳴らしている。いつからだろうか、風鈴は片付けられていた。夏の残り香は、蚊取り線香の跡。ただそれだけだった。
一日。来ない。
三日。来ない。
五日。来ない。
一週間。来ない。
待ちながら、ずっと灯のことを考える。
考えて、ふと思った。
私は、灯のこと何も知らない。
行ってる学校も、家の場所も、苗字すら知らない。半年近く一緒にいて、ほんとにずっと一緒にいたのに、その何一つ。断片的な情報でさえ知らなかった。いや、知らなくてもよかった。知る必要がなかったんだ。
ただ一つの言葉だけが、頭の中で反響していた。
『私とは……このままでいてね』
一つの言葉のはずなのに、私の中ではそれ以上に、重みがあるものに感じられた。
このまま、とはどういう意味だったんだろうか。
意味。
────もう、待てない。
十二月三十一日の大晦日。
私は、灯が好きだと言っていた場所を巡り、辿ることにした。
これは、約束を破ることのうちに入るだろうか。いや、きっと入るんだろう。しかも、どこかで、なんとなくだけどこうなる気がしていた。
思い立ったら、行動は早かった。
最初に向かうのは、駄菓子屋。
前、灯に連れられてきたときは閉まっていたけど、今日は開いていた。ガラスの戸の向こうに、白髪の店主が見える。
戸をスライドさせるとチリン、と鈴が鳴った。
店主のおばちゃんは顔を上げ、私のほうを見てきた。
「見ない子だねぇ」
「……あの、灯という子を知っていますか?よくここに来ていたと思うんですが」
そういうとおばちゃんは目を見開いた。少し黙ってから、また口を開いた。
「お前さんの名前は?」
「凛香です」
「りんかさんねぇ、そうかい。知ってるよ……よく来てたよ、ここに」
「最近会えなくて……どこにいるか知っていますか?」
おばちゃんはまた黙った。沈黙が、長い。だけど沈黙が、この空間内を締め付けている気がしない。不思議と、穏やかだった。
「さあ……最近は見かけないねぇ。ごめんね」
「いえ、ありがとうございます」
おばちゃんはレジ裏に入ってしまった。
「ニャー」
七輪がパチパチと、火の熱い音を鳴らしている。
猫は、その七輪の上のサバが焼きあがるのを待っているようだった。
キャラメル
40
ちゃね
159
功野 涼し
456
その様子を目を細め、凝らして見ていると、猫が寄ってきた。
私は、かがんで視線を大体合わせた。そして撫でた。
そういえば前も、こんなことしただろうか。
「じゃあね」
猫も「ニャー」とさよならの挨拶をしてくれた。多分。
私は、引っ張られるように奥に進んでいく。
苔でいっぱいの石畳を、一歩一歩かみしめながら歩く。
階段を上ると、境内は前と同じように、騒音などが存在しない異世界のようであった。
大晦日だというのに参拝客もいない。
社務所の前に、白髪の老宮司がいた。
「すみません、ちょっといいですか?」
「はい、どうされましたか」
とてもゆっくりで、やさしい声だった。
「……」
老宮司は私を見つめる。目から足元まで、何かを確かめるように。
「呪い……。これは呪いですね」
突然だった。
「呪い?でも誰が────」
「悪い呪いではありませんよ。あくまでも呪いです」
それだけ言って、老宮司は社務所の奥に戻っていった。静かに引き戸が閉まった。
しばらく私は、その場に立ち尽くした。少し、考える時間が欲しかった。
私は次に、川へ向かった。
小川じゃない、川。
川沿いのベンチに、おじいさんが座っていた。毎日ここにいる、と灯が言っていたような気がした。
「すみません……ふわっとした髪の、灯という女の子を見たことないですか?よくここら辺に来ていたと思うんですけど……」
おじいちゃんはゆっくり振り向いた。川を見たまま、少しそのままでいた。
「ああ、いたね」
短い言葉だった。
「ふわっとした髪の。よくあそこに座っとったの」
そう言って指さしたのは、川べりの石段だった。水面に近く、低いところ。
「最近は来なくなってしまったがね」
それだけ言って、また川を見た。
私は石段を見た。灯がすぐそこに座っている姿を想像した。すぐに想像できた、それはもう、想像しすぎなほどに。
最後に向かった場所は、灯の言っていた住宅街の一角。
古い家が並ぶ路地。そのうちの一軒で、立ち止まった。
門の横に小さな花束や、お菓子やジュースなどが置いてある。
その瞬間、私の中で、何かが繋がった。
灯がコンビニで買っていたもの。花。お菓子。ジュース、ラムネ。それら全部、お供え物だった。
そういえば、灯の好きな場所には、基本的にお菓子やジュースが置いてあった。でも、凄く溶け込んでいたから、気になるということはなかった。
犬がいる。近づいても吠えない。名札が見えた。
「ナッツ……?」
その時、玄関の戸が開いた。
中から出てきた女性が、私を見て、動きが止まった。
「……もしかして、凛香ちゃん?」
「えっ……」
なんで知ってるんだろう。灯の時と同じ。なぜか私の名前を知っている。どこかで会ったことが、ある?
「どうぞ、中に入って」
「中に……どうして?」
私がこの人に、何かをした?
「いいから」
そう言って私を家の中へ導く。
「お邪魔します……」
廊下を少し歩き、襖を開く。
昔ながらの和室だ。
「誠さん、凛香ちゃんですよ」
「……は?」
とても困惑した表情を浮かべた。
「凛香ちゃん、どうぞ、そこに座って」
いわれるがままに、ちゃぶ台挟んでまことさんの目の前に座った。
女性は、ちゃぶ台の、私から見て右横に座った。
「覚えてるかな?」
「その様子じゃ、覚えていなさそうだがな」
「じゃあ、名前言ったほうがいいか。私は、川瀬静。流れる川に、瀬戸内の瀬。それで、青に争うで静。
「川瀬誠です。誠実の誠でまこと」
「えっと、夏目凛香です────」
「勿論、知ってる」
「凛香ちゃん。あなたが助けてくれたんだよ」
「え?」
助けた。私が?
「小さい時だからなぁ。覚えてないは無理もない」
「灯。あなたが助けてくれたのよ?」
「そうだ。あそこの川の上流のほう。キャンプ地になってるのは知っているよね?」
「はい」
「君も灯も小さい頃、私達は家族総出でそこに行っていた。勿論君達家族も」
確かに、私は小さいころよくキャンプに行かせてもらっていた。
「その時に、灯が川に落ちそうになったんだよ、うっかり足を滑らせて。でも凛香ちゃん。君が灯を引っ張ってくれて、灯は助かったんだよ」
「あっ……」
「思い出したかな?」
「……その後、君が灯と約束をした。指切りげんまんで『もう一生川に落ちないようにする』そうやって、誓い合っていた」
「そう……ですか」
「あなたが、灯に。まじないをかけてくれたのよ」
『まじない』漢字にすると、呪い。
さっきのことを思い出す。
『呪い?でも誰が────』
『悪い呪いではありませんよ。あくまでも呪いです』
呪いをかけたのは、自分自身?
「でも……灯は、ね……」
静さんと誠さんの目が赤かった。
全部分かった。
「ごめんなさい、私用事が────」
「……凛香ちゃん。また来てね」
「はい」
走った。
いつもの場所へ。日常に向かって。
辺りはもう暗い。
除夜の鐘が、遠くから聞こえ始めていた。
日常は、もうない。 日常ではない。
────灯は、いなかった。
手遅れというか、終わったときに始めていたんだと思う。
それじゃあ、意味がないのも当然か。しょうがない。
ベンチを確認する。自販機も確認する。
何度見ても、誰もいない。
百円玉を一枚、自販機に入れた。炭酸を買った。最初に灯と会ったときのと同じのを。
プルタブを開けて、一口だけ飲んだ。
何も感じない。
泣いているわけじゃない。泣けなかった。泣き方が、分からなかった。
除夜の鐘が鳴った。
年を越した。
コメント
1件
第6話、読み終わった…。 正直、胸がぎゅうってなったわ。駄菓子屋の猫、焼けるサバ、石段、宮司さんの「呪い」——どれも灯の気配を残したまま、凛香が辿るたびに繋がってく構成が美しすぎる。特に「泣けなかった」で終わらせず、除夜の鐘と炭酸で締めるラスト…静さんと誠さんのあの「また来てね」が二重に刺さるんよな。 もう一度最初から読み直したくなる話だった。ちゃんと泣ける伏線、ありがとうございます。