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功野 涼し
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学校が始まり。また制服を着て、また同じ道を歩いた。教室に入って、席に座って、先生の話を聞いて……。
去年とは何も違わない日常。
ただ、放課後だけが違う。
いつもの場所へ行っても、誰もいない。ベンチにも、自販機の前にも、道の奥のほうにも誰もいない。
静かな空間だけが取り残されている。
非日常の感覚。分からなくなってきてしまう。どこからが日常で、どこからが非日常だったのか。どこまでが日常で、どこまでが非日常なのか。
────春になった。
いつの間にか、時間が経っている。酷く時間の感覚が狂っているように感じる。
そんなことを思っていても、祝福をくれるように桜は満開だ。だが、いつの間にか散ってしまった。
新学期が始まり、二年生になった。
教室が変わった。でも、放課後はまた同じ場所に行っていた。
なぜかは分からないけれど、本当に、なんとなく。
誰もいないけど、一番落ち着く場所。
────夏になった。
また蝉が鳴いている。去年と同じ音で、同じうるささで。
私は、あそこの自販機の前を通るたびに、炭酸を買った。
一人で飲んだ。去年より、少しだけ、気が抜けているように感じられた。
灯は、ここで飲み物を買わなかった。
いつもラムネを持って来て、私の分まで。
青い瓶をかざして「きれいだよ~」と言っていた。
あの瓶ラムネの写真が、今もまだ、このスマートウォッチの中に残っている。何度か見た。というより、何度も見た。その度に見なければよかったと思う。だが、それでも見続けてしまった。
夏の気温は、常日頃更新され続けていて、朝のニュースを見るたび、記録的記録的……。
毎日そんな光景が続き、日常が上書きされていっている。
だが、あの日々が非日常だとすると。上書きはもう、できないだろう。
────秋になった。
色とりどりの落ち葉が積もった。私は今日もあのベンチに座っている。
落ち葉は集まっていないで、まばらまばらに薄い絨毯のようになっているだけ。だから、誰かが飛び込もうとはしない。当たり前だ。でも一回、自分でやってみようとした。その時、山盛りになった落ち葉を見て、頭の中で「ふっふっふ~」という声が頭の中で自動再生された。何度も、勝手に。頭の中で跳ね返り続けて、反響していた。
神社の前を通った。境内に入り、小川を見る。「去年の秋って────」という声も、頭の中で自動再生された。続きは今も知らない。
灯の両親の家にも行った。
相変わらず元気そうだった。二人とも、凄く優しい人で、活発な人だ。灯に似ていた。
────冬になった。
息が白かった。隣の息は、いつも通り白くなかった。
そんな隣は、もういなかった。
クリスマスイブに、一人で商店街のイルミネーションを見に行った。綺麗だった。銀河みたいでとても。
でも、隣で「凛香、きれいでしょ?」という声がなかった。寂しさを覚え、綺麗という感覚が徐々に薄まっていってしまった。完全に薄まる前に、私は帰った。
雪がしんしんと降り続け、気温も体温も低くなっていく。
そんな中で、暑くないけど、雪も溶かしそうなくらい明るかった灯がいないせいで、去年よりもこの冬が、別格に寒く感じられた。
────三百日が過ぎた。
自販機の前を、素通りしようとした日があった。
もういいかな、と思った。いつもここまで来て、ベンチに座って、誰もいないことを確認して帰る。それを繰り返すことが、しんどくなっていた。
でも、足が止まった。
自販機に百円玉を入れ、炭酸を買った。プルタブを開け、一口飲んだ。
やっぱり気が抜けていた。相変わらず、何処か物足りなかった。
帰り、なんで素通りできないんだろう、と思った。。答えは、一向に出ないままだった。なんとなく出したくなかっただけかもしれない。
夜になると、星が、空一面に広がっている。
一際目立っている星があった。すごく光っていて、とても近かった。
手を前に出して、星にかぶせて、握ってみる。
取れなかったし、触れられもしなかった。近いようで、遠かった。
……偽りでもいいから、あの光に触れたい。
空がぼやけて輝いたような気がした。
────四百日が過ぎた。
あきらめかけていた。というより、あきらめようとしていた。あきらめたほうが絶対に楽だから。そう、頭ではわかっていた。でも理屈じゃだめなんだ。
あきらめるということは、今までの、灯との時間をなかったようにする気がした。それがとても嫌だった。無かったことにしたくなかった。無かったことにしたら。本当に無かったことになってしまう。そんな気がしたからだ。
あの夏の自販機も、花火も、落ち葉も、イルミネーションも。全部。無かったことに。
だから、あきらめきることができなかった。
とある日の夜。またテレビが流れっぱなしだった。
夏燈星についてのニュースだった。433日ぶりに、再び地球に最接近する。今年は去年ほど長くは留まらないらしい。アナウンサーが淡々と読み上げ、すぐ次のニュースに移ってしまった。
去年も同じように、ニュースを見ていた。
あのときは「へぇ」としか思わなかった。そのままテレビを切った。
だけど今年は、どうしても切れなかった。
信じていいのかわからなかった。都市伝説は都市伝説だ。信じるほうが馬鹿だ。でも、信じなかったら。信じなかったら、それこそ全部終わる気がした。
だから、信じることにした。根拠はなかった。なんとなく。
────四百三十二日目。
明日、夏燈星が最接近する。
去年は「とても」という言葉では言い表せないほどに、夏燈星の接近が長期化していた。
だけど、前にやってたニュースの通り、今年は違う。
すぐに過ぎ去ってしまう。星は、破天荒で、綺麗で、儚く、霞んでいるから。
接近せずに、そのままどこかへ飛んでしまったら……。
そんなことを考えて、怖くなってしまった。
だから、考えないようにした。そもそも、そんなことはありえない。
なんとなくだけど、そう思った。
────四百三十三日目。
川沿いのちょっとした堤防に、腰を下ろした。
スマートウォッチを腕から外して、手の中に持った。画面を見た。だけど、何も来ていなかった。川はずっと、同じ速さで流れていた。川はすごく、静かだった。
────何分経っただろう。
さっきまで、まだ明かりがあったのに、もうなくなっている。
来ないかもしれない。最初からそういう運命だったのかもしれない。都市伝説は都市伝説で、信じる方が馬鹿で、半年間も幽霊と友達だった私が一番馬鹿で、あきらめようとして、あきらめられなくて、こんなところに来て。
それでも、今日はずっと待っていようと思った。
いつか、絶対。
画面を伏せようとした。
その瞬間、スマートウォッチが静かに揺れた。
見ると、メールが来ていた。
送信者の欄は、空白だった。
『ねえ、凛香。覚えてくれてて、ありがとう』
声が出なかった。
まだ、もう一行あった。
『約束、守れなくてごめんね。でもそっちも破ったんだからお互いさまってことで!じゃあ、ばいばい!』
笑えた。
もうめちゃくちゃだ。こんな締め方をするのか。最後までこういうやつなんだ。ありがとうとごめんを同時に言って、お互いさまで終わらせて、ばいばいって。
「なんとなく」それが口癖の子だったのに。最後だけちゃんとした理由があった。
川は流れていなかった。
……違う。泣いていた。声を出さずに泣いていた。涙で目の前が見えないだけだった。
やっと、泣けた。泣き方を思い出した。
空を見上げた。星が出ていた。どれが夏燈星なのか、わからなかった。でも、どこかにいる気がした。
川が、風に揺れた。
灯がここに座っていたんだな、と思った。この石段に。川を見ながら。好きで、嫌いな川を。
ありがとう、と思った。声には出なかった。出さなくていい気がした。
出さなくても、届く気がしたから。
でも、挨拶だけは────
「ばいばい……」
お別れ会はあっけなく、過ぎ去った。
コメント
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第7話、読み終えたよ……。もう冒頭からじわじわ来たわ。四季が巡って、灯がいない日常が淡々と、でも確かに凛香の心の傷みとともに積み重なっていく描写が本当に丁寧でさ。 「気が抜けた炭酸」とか「頭の中で自動再生される声」とか、そういう細かい表現がめちゃくちゃ刺さった。そして最後のメール。「覚えてくれてて、ありがとう」って……約束覚えてたんだなって思ったらもうダメだったわ。 ばいばいって言葉がこんなに重くて優しいものだとは思わなかった。やっと泣けて、やっとお別れができた凛香に、ただ「お疲れさま」って言いたい。本当にすごい作品だわ。