その日、雨が降っていた。
校舎の廊下には水の匂いが漂っていて、
放課後のチャイムが鳴っても誰も帰ろうとしなかった。
康二は傘を肩にかけながら、昇降口へ向かう途中で足を止めた。
階段の影で、何かが動いた気がした。
——嫌な予感。
静かに覗き込むと、そこにいたのは目黒だった。
制服は泥で汚れて、頬には新しい傷。
雨で髪が張りついて、震えている。
「……目黒」
その声で、目黒が顔を上げた。
赤く腫れた目。
何かを隠すように笑うその表情に、
康二の胸が焼けた。
「なにしてんねん、こんなとこで」
「……転んだだけ」
その言葉が、あまりにも弱かった。
康二は傘を放り投げて、目黒の腕を掴んだ。
「嘘つけ。誰にやられた」
目黒は首を振る。
「もういいんだ。康二くんが知ったら、また怒るでしょ」
その一言で、康二の中の何かが弾けた。
「怒るわ! そら怒るわ! なんで言わんねん!」
声が震える。
それでも、目黒はかすかに笑った。
「……だって、康二くんに迷惑かけたくなかった」
康二は目黒の頬をそっと拭った。
冷たい雨と涙が混ざって、手のひらが濡れる。
「迷惑ちゃう。お前が泣くほうが、よっぽどしんどい」
その瞬間、目黒の目から大粒の涙が落ちた。
胸の奥に張りついていた何かが、一気に崩れたようだった。
——ああ、やっぱり。
この人がいないと、もう生きていられない。
「……康二くん」
その名前を呼ぶ声は、震えていたけれど、
どこか安堵していた。
康二は黙ってその頭を抱きしめた。
濡れた制服のまま、ただ抱き寄せる。
「もう離れんな。お前、俺がおらんとあかんやろ」
目黒は小さく頷いた。
それは救いの約束のようでいて、
同時に、静かな鎖の音でもあった。
——その夜から、
目黒は康二のいない時間が怖くなった。
スマホを握ったまま、画面の光を見つめていないと息ができなかった。
康二の名前を見つけるたびに、
心臓が動き出す気がした。
「……ねえ、康二くん。俺、もうどこにも行かないから」
呟いた声は、静かな夜に溶けて消えた。
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あと矛盾してたらごめんなさい
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