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#四季総受け
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21,509
遠ざかる足音を聞きながら、澪は、しばらく硬直したままモニターを見つめていた。
画面に映る未読のメールや企画書の文字は、ただの記号の羅列にしか見えない。脳の大部分が、背後から浴びせられた低い声の余韻と、首筋に残る微かな悪寒の処理に奪われていた。
(……ふざけるな)
奥歯を強く噛みしめ、血の味を無視しながら息を整える。
ここで動揺を見せたら負けだ。あの男は、自分の反応を楽しんでいる。恐怖や怒りを露わにすれば、それこそ思う壺なのだと、頭では痛いほど理解している。
デスクの端に積み上げられた企画書の山。そして、今最も差し迫った問題――他社への移籍が噂されている看板漫画家、佐伯の引き抜き。
打てる手は、とうに尽きていた。他に頼れる人間などいない。この小さな老舗出版社で、数字を支えなければならない編集長として、選べる道は。
(……選べる道なんて、最初から一つしかないだろ)
本当は、わかっている。
プライドを捨てて、あの男の知恵を借りるか。それとも、看板漫画家を他社に奪われ、この会社をジリ貧へと追い込むか。
だが、どうしても、あの男の世話にはなりたくなかった。
気づけば、午前中いっぱい、澪は山積みのデータと睨めっこしていた。
佐伯の最近の動向、競合他社の動き、過去のアンケート回収率。どれをどう組み合わせても、引き止めの決定打にはならない。必死に組み立てようとした論理は、どれも途中で破綻し、自分の頭の限界を、冷酷に突きつけてくる。
(くそっ……、どうしてだ……!)
頭を掻きむしりたい衝動に駆られ、デスクの下で、両手を固く握りしめた。冷や汗が背中を伝う。これ以上考え続けても、泥沼のように思考が沈んでいくだけだ。自分の無力さと、このままでは会社ごと沈むという現実が、喉元まで迫ってくる。
その時、視界の端に、一枚の紙が差し出された。
「……これ、よろしければ」
スッと差し出される分厚い資料。顔を上げれば、目の前にいつもの冴えない芹沢が立っていた。
いつの間に近づいてきたのか。気配を断たれたような無音の接近に、心臓が冷たく跳ねる。ボサボサの髪と安物のスーツ。あの週末、自分の身体を貪り尽くした冷徹な獣と、目の前の男が同じだという現実が、脳内でどうしても結びつかない。
差し出されたのは、営業先で独自に拾ってきた書店ごとの客層データと、今回の佐伯の連載に対する詳細な分析をまとめた、資料の束だった。
(なんだ、これ……)
警戒心が、トゲのように胸を刺す。しかし、追い詰められた状況下では、藁にもすがる思いが勝った。澪は険しい表情のまま、その資料をひったくるように受け取った。
どうせ、素人の浅知恵か、揚げ足取りの類だろう。どこかに穴があるはずだ。徹底的に粗を探して、一言突き返してやる。
そんな冷徹な防衛心を胸に、澪はページをめくった。
だが――。
(……っ)
一読して、息が止まった。
都心型の大型書店ではなく、郊外や地方の中規模店における回転率の推移。ターゲット層の微妙なズレを突いた、ポップの切り口。さらには、宣伝部が見落としていた読者の熱量の変化まで、すべての数字と仮説が、恐ろしいほどの精度で組み上げられていた。
どこを読んでも、ダメ出しできる箇所がない。それどころか、自分が見えていなかった視点があまりに的確すぎて、反論の余地すらなかった。
悔しさが込み上げ、奥歯がミシミシと音を立てる。
頭を殴られたような衝撃の中で、澪は、目の前の男の完璧すぎる分析結果を前に、ぐうの音も出ないまま立ち尽くすしかなかった。
認めたくない。
だが、この男は、優秀だ。
コメント
1件
わあっ、第22話読み終えたよ〜!!😭🌸 澪の「認めたくないけど優秀」っていう複雑な心境、めっちゃ伝わってきた…!首筋の悪寒とか血の味とか、緊張感がひしひしと。で、そんな中で差し出された芹沢の資料が完璧すぎて「ぐうの音も出ない」澪、最高じゃない?笑 この二人のパワーバランス、どんどん面白くなってる〜!次どうなるのか気になりすぎるっ💕