「……あの、もしかしてイヤだった? 私が勝手にランディの名前から連想した名前を付けようとしたから……」
申し訳なさそうにしゅんとするリリアンナにランディリックは瞳を見開いた。
「僕の……名から?」
「そう。ランディの名前、ランディリック・グラハム・ライオールでしょう? 私、ライオール邸のみんなが大好きだから、可愛いあの子にもその名前を付けたいと思ったの」
言葉を紡ぐリリアンナの瞳は真っ直ぐで、曇りがひとつもない。
「私にあの子をくれたのはランディだし……私、ランディのこと、大好きだから……あなたの名前に似た名前をあげられたらいいなって思っちゃったんだけど……」
――リリアンナの〝大好き〟に、ランディリックは先程まで深々と突き刺さっていた胸奥の棘が、すっと溶け落ちていくのを感じた。
「ランディがイヤなら私……」
「いやなわけないだろう」
ランディリックは思わずリリアンナの手を引いて立たせると、腕の中にギュッと彼女の小さな身体を抱きしめていた。
ここへ連れてきたばかりの頃は骨ばって痩せ細っていたリリアンナだったけれど、今こうして抱き締めた彼女の身体は年相応の女性の丸みを帯びていて、ふんわりと柔らかい。
ナディエルが丁寧に手入れしてくれているリリアンナの髪からは、林檎を思わせる甘やかな香りが漂っていた。
それは、ランディリックが領地内の修道院に依頼して特別に調合させた香油によるものだ。
国交の途絶えた隣国マーロケリーから特殊な手段を駆使して取り寄せたミチュポムのドライフラワーを、ニンルシーラの特産品である羊の乳脂に漬け込み、花の香りを移すアンフルラージュという技法で作ったものである。
まだ淑女と呼ぶには幼いけれど、少女というには憚られる。大人と子供の狭間みたいな危うさが、リリアンナの処女性を高めているみたいに思えた。
(……ライオネル。キミが僕の名から選んだその名は――キミと僕を結ぶ鎖だ)
厩舎にいる仔馬を思い浮かべて、思わず笑みがこぼれる。
(今はまだ〝養い親と養い子〟だけど……。いつか――この関係を壊して、キミを僕だけの伴侶に出来たら……)
ライオネルを縛る名がランディリック由来のものであるならば、いつかリリアンナもまた――。
ランディリックは言葉に出来ない気持ちをリリアンナを抱きしめる腕に込めながら、そんなことを思った。
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