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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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もうっ!

なんなの!?

あの二人は私を萌え殺す気?

会議室に入ったなり、|一野瀬《いちのせ》部長と|葉山《はやま》君は熱く見つめ合っていた。

目と目で会話をする二人。


――素晴らしい、素晴らしいわ!


社長は私に一野瀬部長の隣に座るように言ってきた。

ミニ鈴子たちが鎧兜を身に付けて出陣した。

ドドドドッと砂埃が舞う。


『我に続けえぇぇー! この機会を逃してなるものか!』

『私は仕事を処理するから、あなたは一野瀬部長をチェックして!』


瞬時に頭の中は、ミニ鈴子たちによってタスク化され、分業作業が始まった。

これにより、脳内は社長の話を聞きながら、一野瀬部長を観察することが可能となった。

手の大きさ、使っている香水、スーツのブランド。

ほうほう。

腕時計はさすがのロレックスですか。

よし、メモっとこ。


『いい男は自然にロレックスを身につける。違和感なく――by|新藤《しんどう》|鈴々《りり》』


自分が使ってるBL小説家名で、そんな一文が頭の中に刻まれた。


「|新織《にいおり》さん。これからよろしく」


社長の話が終わり、爽やかに微笑む一野瀬部長。


「一野瀬部長。こちらこそよろしくお願いします」


――最高のネタが向こうからやってきた。


鴨が葱を背負ってくるとは、まさにこのこと!

そんな薄汚れた心を隠した私のそばに、葉山君が近寄ってくる。


「新織さん。一野瀬部長のことで嫌なことがあったら、俺に相談しなよ。力になるからさ」


葉山君は私にそっと耳打ちする。

胸がドキドキした。

すごく、胸がときめく。

これって―― もしかして。

ミニ鈴子たちがざわめいた。


『うっひょー! 嫉妬きた! モブ女に嫉妬!』

『一野瀬部長にモブ子は近寄らせないぜ!』

『モブ子を誘惑して、阻止してやる。部長には俺だけでいい!』

『ぎゃー! 萌え尽きて死ぬぅー!』

『消火班、出動要請! 繰り返す! 消火班、出動要請!』

『SOS! SOS!』


私をモブ子呼ばわりして、ノリノリのミニ鈴子たち。

勝手に台詞まで作っている。

でも、そうなるわよね。

お似合いな二人を前にしたら。


「葉山。彼女に余計なことを言うなよ」


「すみません」


ドーンッ

花火がうち上がった。

注意されて、はにかむ葉山君。

今のって『心配するなよ、俺にはお前だけだから』的なイチャイチャですよね?

私の脳内変換バッチリです!

さあ! 一野瀬部長!

指で葉山君のおでこを『こいつぅ~』的につついてください。

それでオールオッケー!


「新織さん。社員旅行の打ち合わせもかねて食事にでもどうかな?」


シュンッと一瞬で火が消えた。

えっ……?

なにそれ。

予想もしなかった言葉に、打ち上げ予定の花火が不発に終わる。

花火の点火準備をしていたミニ鈴子たちが、冷めた目で一野瀬部長を眺めた。


「それは勤務時間内でしょうか」


「いや、勤務外かな」


ミニ鈴子たちが戸惑いの声をあげた。


『|緊急事態発生《エマージェンシー》!』

『これはどう判断するべき?』

『まさか鈴子(本体)へのお誘い?』

『ないない。だって、鈴子は部長とまったく関わりないんだよ』

『ただの親睦深めようってだけのお食事だよね~』

『そんなの行ってる場合? 今日の収穫を作品に昇華させるほうが先じゃない?』


脳内会議終了――答えは出た。


「申し訳ありません。今日は予定があり、食事にはいけません」


きっぱりとお断りした。

嘘ではない。

今日の収穫(ネタ)を文字にするという仕事がこっちには残っている。


『はーい、撤収~撤収~』


ミニ鈴子たちが帰っていく。

そして、ちょうど勤務時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。


「お疲れさまでした。一野瀬部長。失礼します」


その後の部長の顔は見ていない。

私もミニ鈴子たちと同じように帰る。

我が根城へと。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


――以下、|新藤《しんどう》|鈴々《りり》先生 著


俺は気づいてしまった。

自分がいつのまにか部下の|森上《もりかみ》|葵葉《あおば》を目で追っていることを。

そして、あいつも俺に物言いたげな視線で俺を見ている。

もしかして、あいつは俺のことを?

いや、そんなはずはない。


「|貴瀬《きせ》部長」


「森上。どうした」


「どうしたって、今から会議ですよ」


「そうだったな。悪い。ぼんやりしていた。いつも、お前がそばにいてくれて助かっているよ」


「……いえ」


目を伏せる葵葉。

俺達はお互いの気持ちを口にしない。

すでに答えは出ているのに、本心は隠したまま。

この気持ちの行き先は、どこへ行きつくのだろう。

隣を歩く葵葉の細い肩は頼りなく見えた。

大勢の人間がいる中で、俺はお前だけを見ている。

お前は俺の――


【続】


タタッターンッ

パソコンのエンターキーを力強く叩いた。


「よし! 明日の更新はバッチリよ」


我ながら、いい出来栄え。

今日の収穫を反映させた二人の関係描写。

指でメガネをクイッとあげた。

私の今の姿は、綿製のルームウェア(着心地最高)にヘアバンド、メガネ。

完全にどこからどうみてもオタク女です。ありがとうございました。

会社の私と大違い。

築一年の2K。

バストイレ別で、キッチンが別についている2Kのアパートにしては広めのお部屋。

会社までは電車でニ十分と遠いけど、キッチン、バストイレが部屋と別というところが気に入って、ここに引っ越した。

最初は通勤が辛いかなと思っていたけど、今となっては少し遠めなのも悪くないと思えた。

なぜなら、近所の本屋でBL本を堂々と物色できるのが素晴らしい!

会社が近いと、こうはいかない!

ああ、素晴らしき我が城よ――部屋を見渡した。

本棚には素晴らしいBLの名作たち。

ボーナスで買った液晶テレビには、どんなBLゲームもプレイできるよう各種ゲーム機をセット。

アニメとドラマの予約もぬかりなく、ブルーレイレコーダー設置済み。

本棚には薄い本が何冊も並んでいる。

満足げに自分の部屋を見渡して、一人うなずいた。


「頑張って働いてきてよかった……!」


大人って最高!

考えてもみてよ!

自分の好きなものに好きなだけお金がつぎ込めるんだよ!(※ダメな大人の例です)


「あ~。頭使ったら、お腹すいちゃったなぁ」


時計の針は深夜零時。

大人の秘密の時間。

それは背徳感あふれる時間。

悩むこと三秒間。


「はいっ! 大人だから許されたー!」


バアーンっと冷蔵庫を勢いよく開ける。

春キャベツ、冷凍のアサリ、鷹の爪、ニンニク。


「発表します。夜食はアサリとキャベツのペペロンチーノに決定!!」


お湯をたっぷり沸かし、沸騰するまでの時間にパスタの具を作りまーす!

オリーブオイルでみじん切りにしたニンニクを炒め、冷凍アサリをザラッと入れる。

臭みをとるのに白ワインといきたいところだけど、そんなものはないから料理酒いれとけばいいわよね(適当)。

アサリの口が開いたところに、キャベツを投入。


「よしよし。これで本日の野菜はオッケーね」


お湯が沸騰してきた。


「さーて、今夜のスパゲッティちゃんは~(サ○エさん風)」


スパゲッティの麺をストックしてある棚を開けるとそこには――


「し、しまった! スパゲッティがない!」


ミニ鈴子たちが私を馬鹿にする。


『あーあ、やらかしたねー。ドンマイ』

『頭の中があの二人のことでいっぱいだったせいでしょ』

『白ご飯とパスタの具なんて悲しい結末』

『これが無駄な徒労ってやつですか』


黙れ、黙るんだよ、ミニ鈴子。

今、私は深く考えているんだから。

このままでは白いご飯(冷凍をチン)とだだの野菜炒めで普通のご飯になってしまう……

夜食の背徳感ゼロ。

悲しい。

こうしている間にもキャベツに火が通り過ぎてしまう。

私の頭脳よ!

いまこそ、華麗にひらめくがいい!

サッとキッチンを見回した。

キッチンの隅にあった実家の母が送ってきた段ボールが目に入る。


「これだあああ!」


夏の残りで食べきれなかったという素麵が入っていた。

送ってきた時は『去年の夏の残りを送ってくるなんて、とんでもない母だわ』なんて思ったよ?

でも今は違う。

母よ、いや! お母様、ありがとう!!

パスタの具の火を止め、お湯に素麺をさっと入れる。


「よし! アルデンテ!(素麺だけど)」


足し水は不要。

沸騰してきたら、弱火にして数秒。

軽く箸で回し、ざるにあける。

深夜、素麺を必死にゆでる二十八歳独身女――いい感じに素麺がゆであがったところで我に返って、現実に気付いてしまう。

テンションが少しばかりズドンと落ちた。

しょぼんとしながら、水をよく切り、熱々のパスタの具にさっとからめて出来上がり。


「春キャベツとアサリの素麺ペペロンチーノ!(ドラ○もん風)」


皿を片手に持ち、フォークを口にいれ、いそいそとパソコンの前まで行って座った。


「よしよし。食べながら、良さげなBLゲームの新作を探そうっと」


基本はネットでお取り寄せ。

ゲームサイトのレビューを眺める。

そこには見慣れた常連の名前が書いてある。


「うわ! この人のレビュー、いつも長文なんだよね」


『イチ&タカ』


お笑いコンビの名前かな?

そう思ったのがきっかけで、この人のレビューを見るようになった。


「けっこう的確なレビューを書いてあるんだよね」


残念なことにBLゲームはやらないみたいでレビューはない。

ずるっーと素麺をすすった。


「うわっ! 思った以上に美味しい!? 私って料理の天才かもしれない!」


固めにゆでた細い麺に、あさりのうま味がしっかり絡んでいる。

シャキシャキ感を残したキャベツの炒め具合も絶妙。

ピリッとした鷹の爪の辛さもジャスト。


「アサリをツナやベーコンにしてもいけるわね」


実家の母が送ってくれた素麺に新たな可能性が広がったところで、ゆっくりレビューを眺める。


【よくある戦略ゲームだが、ストーリーが素晴らしい。ただ操作性においては残念な面があった。二周目ありきのゲームであるにも関わらず、イベントムービーのキャンセル機能がなじゃった。強制的に同じイベントムービーを見せられるという苦行。廉価版を販売する際には必ず改善を。また――】


なげーよ。

興味がないゲームソフトのレビューのため、途中で読むのをやめた。


「イチ&タカさんはリアル完璧主義っぽいな……」


きっと私のようにダラけた生活はしていないはずだ。

間違っても深夜零時に、創作ペペロンチーノを食べるような生活はしてないだろう。

そう思いながら、フォークでくるんと巻いた素麺を口に放り込んだのだった。

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