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もうっ!
なんなの!?
あの二人は私を萌え殺す気?
会議室に入ったなり、|一野瀬《いちのせ》部長と|葉山《はやま》君は熱く見つめ合っていた。
目と目で会話をする二人。
――素晴らしい、素晴らしいわ!
社長は私に一野瀬部長の隣に座るように言ってきた。
ミニ鈴子たちが鎧兜を身に付けて出陣した。
ドドドドッと砂埃が舞う。
『我に続けえぇぇー! この機会を逃してなるものか!』
『私は仕事を処理するから、あなたは一野瀬部長をチェックして!』
瞬時に頭の中は、ミニ鈴子たちによってタスク化され、分業作業が始まった。
これにより、脳内は社長の話を聞きながら、一野瀬部長を観察することが可能となった。
手の大きさ、使っている香水、スーツのブランド。
ほうほう。
腕時計はさすがのロレックスですか。
よし、メモっとこ。
『いい男は自然にロレックスを身につける。違和感なく――by|新藤《しんどう》|鈴々《りり》』
自分が使ってるBL小説家名で、そんな一文が頭の中に刻まれた。
「|新織《にいおり》さん。これからよろしく」
社長の話が終わり、爽やかに微笑む一野瀬部長。
「一野瀬部長。こちらこそよろしくお願いします」
――最高のネタが向こうからやってきた。
鴨が葱を背負ってくるとは、まさにこのこと!
そんな薄汚れた心を隠した私のそばに、葉山君が近寄ってくる。
「新織さん。一野瀬部長のことで嫌なことがあったら、俺に相談しなよ。力になるからさ」
葉山君は私にそっと耳打ちする。
胸がドキドキした。
すごく、胸がときめく。
これって―― もしかして。
ミニ鈴子たちがざわめいた。
『うっひょー! 嫉妬きた! モブ女に嫉妬!』
『一野瀬部長にモブ子は近寄らせないぜ!』
『モブ子を誘惑して、阻止してやる。部長には俺だけでいい!』
『ぎゃー! 萌え尽きて死ぬぅー!』
『消火班、出動要請! 繰り返す! 消火班、出動要請!』
『SOS! SOS!』
私をモブ子呼ばわりして、ノリノリのミニ鈴子たち。
勝手に台詞まで作っている。
でも、そうなるわよね。
お似合いな二人を前にしたら。
「葉山。彼女に余計なことを言うなよ」
「すみません」
ドーンッ
花火がうち上がった。
注意されて、はにかむ葉山君。
今のって『心配するなよ、俺にはお前だけだから』的なイチャイチャですよね?
私の脳内変換バッチリです!
さあ! 一野瀬部長!
指で葉山君のおでこを『こいつぅ~』的につついてください。
それでオールオッケー!
「新織さん。社員旅行の打ち合わせもかねて食事にでもどうかな?」
シュンッと一瞬で火が消えた。
えっ……?
なにそれ。
予想もしなかった言葉に、打ち上げ予定の花火が不発に終わる。
花火の点火準備をしていたミニ鈴子たちが、冷めた目で一野瀬部長を眺めた。
「それは勤務時間内でしょうか」
「いや、勤務外かな」
ミニ鈴子たちが戸惑いの声をあげた。
『|緊急事態発生《エマージェンシー》!』
『これはどう判断するべき?』
『まさか鈴子(本体)へのお誘い?』
『ないない。だって、鈴子は部長とまったく関わりないんだよ』
『ただの親睦深めようってだけのお食事だよね~』
『そんなの行ってる場合? 今日の収穫を作品に昇華させるほうが先じゃない?』
脳内会議終了――答えは出た。
「申し訳ありません。今日は予定があり、食事にはいけません」
きっぱりとお断りした。
嘘ではない。
今日の収穫(ネタ)を文字にするという仕事がこっちには残っている。
『はーい、撤収~撤収~』
ミニ鈴子たちが帰っていく。
そして、ちょうど勤務時間の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
「お疲れさまでした。一野瀬部長。失礼します」
その後の部長の顔は見ていない。
私もミニ鈴子たちと同じように帰る。
我が根城へと。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――以下、|新藤《しんどう》|鈴々《りり》先生 著
俺は気づいてしまった。
自分がいつのまにか部下の|森上《もりかみ》|葵葉《あおば》を目で追っていることを。
そして、あいつも俺に物言いたげな視線で俺を見ている。
もしかして、あいつは俺のことを?
いや、そんなはずはない。
「|貴瀬《きせ》部長」
「森上。どうした」
「どうしたって、今から会議ですよ」
「そうだったな。悪い。ぼんやりしていた。いつも、お前がそばにいてくれて助かっているよ」
「……いえ」
目を伏せる葵葉。
俺達はお互いの気持ちを口にしない。
すでに答えは出ているのに、本心は隠したまま。
この気持ちの行き先は、どこへ行きつくのだろう。
隣を歩く葵葉の細い肩は頼りなく見えた。
大勢の人間がいる中で、俺はお前だけを見ている。
お前は俺の――
【続】
タタッターンッ
パソコンのエンターキーを力強く叩いた。
「よし! 明日の更新はバッチリよ」
我ながら、いい出来栄え。
今日の収穫を反映させた二人の関係描写。
指でメガネをクイッとあげた。
私の今の姿は、綿製のルームウェア(着心地最高)にヘアバンド、メガネ。
完全にどこからどうみてもオタク女です。ありがとうございました。
会社の私と大違い。
築一年の2K。
バストイレ別で、キッチンが別についている2Kのアパートにしては広めのお部屋。
会社までは電車でニ十分と遠いけど、キッチン、バストイレが部屋と別というところが気に入って、ここに引っ越した。
最初は通勤が辛いかなと思っていたけど、今となっては少し遠めなのも悪くないと思えた。
なぜなら、近所の本屋でBL本を堂々と物色できるのが素晴らしい!
会社が近いと、こうはいかない!
ああ、素晴らしき我が城よ――部屋を見渡した。
本棚には素晴らしいBLの名作たち。
ボーナスで買った液晶テレビには、どんなBLゲームもプレイできるよう各種ゲーム機をセット。
アニメとドラマの予約もぬかりなく、ブルーレイレコーダー設置済み。
本棚には薄い本が何冊も並んでいる。
満足げに自分の部屋を見渡して、一人うなずいた。
「頑張って働いてきてよかった……!」
大人って最高!
考えてもみてよ!
自分の好きなものに好きなだけお金がつぎ込めるんだよ!(※ダメな大人の例です)
「あ~。頭使ったら、お腹すいちゃったなぁ」
時計の針は深夜零時。
大人の秘密の時間。
それは背徳感あふれる時間。
悩むこと三秒間。
「はいっ! 大人だから許されたー!」
バアーンっと冷蔵庫を勢いよく開ける。
春キャベツ、冷凍のアサリ、鷹の爪、ニンニク。
「発表します。夜食はアサリとキャベツのペペロンチーノに決定!!」
お湯をたっぷり沸かし、沸騰するまでの時間にパスタの具を作りまーす!
オリーブオイルでみじん切りにしたニンニクを炒め、冷凍アサリをザラッと入れる。
臭みをとるのに白ワインといきたいところだけど、そんなものはないから料理酒いれとけばいいわよね(適当)。
アサリの口が開いたところに、キャベツを投入。
「よしよし。これで本日の野菜はオッケーね」
お湯が沸騰してきた。
「さーて、今夜のスパゲッティちゃんは~(サ○エさん風)」
スパゲッティの麺をストックしてある棚を開けるとそこには――
「し、しまった! スパゲッティがない!」
ミニ鈴子たちが私を馬鹿にする。
『あーあ、やらかしたねー。ドンマイ』
『頭の中があの二人のことでいっぱいだったせいでしょ』
『白ご飯とパスタの具なんて悲しい結末』
『これが無駄な徒労ってやつですか』
黙れ、黙るんだよ、ミニ鈴子。
今、私は深く考えているんだから。
このままでは白いご飯(冷凍をチン)とだだの野菜炒めで普通のご飯になってしまう……
夜食の背徳感ゼロ。
悲しい。
こうしている間にもキャベツに火が通り過ぎてしまう。
私の頭脳よ!
いまこそ、華麗にひらめくがいい!
サッとキッチンを見回した。
キッチンの隅にあった実家の母が送ってきた段ボールが目に入る。
「これだあああ!」
夏の残りで食べきれなかったという素麵が入っていた。
送ってきた時は『去年の夏の残りを送ってくるなんて、とんでもない母だわ』なんて思ったよ?
でも今は違う。
母よ、いや! お母様、ありがとう!!
パスタの具の火を止め、お湯に素麺をさっと入れる。
「よし! アルデンテ!(素麺だけど)」
足し水は不要。
沸騰してきたら、弱火にして数秒。
軽く箸で回し、ざるにあける。
深夜、素麺を必死にゆでる二十八歳独身女――いい感じに素麺がゆであがったところで我に返って、現実に気付いてしまう。
テンションが少しばかりズドンと落ちた。
しょぼんとしながら、水をよく切り、熱々のパスタの具にさっとからめて出来上がり。
「春キャベツとアサリの素麺ペペロンチーノ!(ドラ○もん風)」
皿を片手に持ち、フォークを口にいれ、いそいそとパソコンの前まで行って座った。
「よしよし。食べながら、良さげなBLゲームの新作を探そうっと」
基本はネットでお取り寄せ。
ゲームサイトのレビューを眺める。
そこには見慣れた常連の名前が書いてある。
「うわ! この人のレビュー、いつも長文なんだよね」
『イチ&タカ』
お笑いコンビの名前かな?
そう思ったのがきっかけで、この人のレビューを見るようになった。
「けっこう的確なレビューを書いてあるんだよね」
残念なことにBLゲームはやらないみたいでレビューはない。
ずるっーと素麺をすすった。
「うわっ! 思った以上に美味しい!? 私って料理の天才かもしれない!」
固めにゆでた細い麺に、あさりのうま味がしっかり絡んでいる。
シャキシャキ感を残したキャベツの炒め具合も絶妙。
ピリッとした鷹の爪の辛さもジャスト。
「アサリをツナやベーコンにしてもいけるわね」
実家の母が送ってくれた素麺に新たな可能性が広がったところで、ゆっくりレビューを眺める。
【よくある戦略ゲームだが、ストーリーが素晴らしい。ただ操作性においては残念な面があった。二周目ありきのゲームであるにも関わらず、イベントムービーのキャンセル機能がなじゃった。強制的に同じイベントムービーを見せられるという苦行。廉価版を販売する際には必ず改善を。また――】
なげーよ。
興味がないゲームソフトのレビューのため、途中で読むのをやめた。
「イチ&タカさんはリアル完璧主義っぽいな……」
きっと私のようにダラけた生活はしていないはずだ。
間違っても深夜零時に、創作ペペロンチーノを食べるような生活はしてないだろう。
そう思いながら、フォークでくるんと巻いた素麺を口に放り込んだのだった。