〜凛音〜 私は初春凛音。ふう。今日は帰りも早いのでこれからのんびりできる。いつも通りの道をいつも通りに歩いていたら地面にただならぬ空気の本が落ちている。この本……ひとりでにページが開いている……? 何だろう。触れた途端、嫌にギラギラしていた本は更に光を増し、私を吸い込もうとし始めた。まずい。いや、待てよ……? 私以外の誰かも吸い込まれようとしているーっ! おいおいおいおいおいっ! 急いでそいつの腕を握って脱出する。何なんだ、あの本。
「だ、大丈夫ですか?」
「あ、ありがとうござい……」
「「あ」」
やっとお互いを認識する。記憶を掘り起こすまでもない。ずっと昔から知っている顔。あちらも同じ気持ちだろう。
「桜太郎!」
「凛音ねえ!」
絢瀬桜太郎。私が六歳、桜太郎が四歳の時からの幼馴染だ。
「学校はどうしたの?」
「今日は午前授業で……じゃないよ! それが一緒に本に吸い込まれて脱出してからの第一声⁉︎」
「なんでこの本に吸い込まれようとしてたの?」
「実はね……」
〜桜太郎〜
心強い幼馴染に事情を説明した。ある日、奇妙な連続殺人事件のニュースをテレビで観た。全員、死に方が童話の登場人物と酷似していること、いつも元になったであろう童話の本が近くにあること。それだけならよかったが、なんと犯人がこの辺りに向かってきているかもしれないという情報もあったのだ。そして調べようとしていたらこの本を見つけて絶対、何かあると思って触れて……
「あとは凛音ねえが見たとおり」
「吸い込まれそうになったと。その本って何の童話?」
「……ラプンツェル」
「そういえばちゃんと読んだことなかったなー」
「確か内容はね……」
ある日、夫婦は念願だった子供を授かった。しばらくして妻は魔女が育ててるラプンツェルが食べたいと聞かなくなる。
「ラプンツェルって何?」
「野菜だよ。栄養あるから妊婦さんにいいって言われてるんだ」
そして夫は魔女の畑からラプンツェルを盗み、妻に与えることを繰り返し……ついに魔女に見つかった。事情を聞いた魔女はこんな約束を切り出してきた。ラプンツェルは好きなだけやるから、生まれた子供を寄越せ……と。そして夫は承諾してしまう
「この夫婦……子供を欲しがってたのにラプンツェルのために渡しちゃうの?」
「一時の感情が全てを奪うって怖いよね」
そして子供が生まれたら約束どおり魔女は子供を引き取りに来た。
「捨てられたの?」
「結果論ではね」
それから魔女は子供に「ラプンツェル」と名付けて塔の上で育てることになる。魔女は塔に入る時、いつもラプンツェルに髪を下ろしてと言って髪を下ろしてもらっていた。ある日、そこに立ち会ってしまったある男が同じように髪を下ろしてと言って塔に登ってくる。そうして出てきた謎のイケメンにラプンツェルは大層驚いたそう。
「何で声で分からないんだよ……」
実はこの謎のイケメンというのは王子。その場でプロポーズしてラプンツェルも承知する。そして塔の脱出の準備をしながら二人は魔女には知られないように交流を続けた。そしてラプンツェルと王子は何度か交流を続けるうちに……その……子供を妊娠した。ある日、魔女が塔に登る時、かなり時間がかかってしまってラプンツェルは言ってしまう。
「『王子はもっと軽いのに〜』って」
「アホなの?」
「それでドレスがキツくなってることも言っちゃって……」
「アホなの?」
それでブチ切れた魔女はラプンツェルの髪を切って塔から砂漠に追い出してしまう。しばらくしてそこにやってきた何も知らない王子が魔女に切られたラプンツェルの髪で塔に登って魔女に立ち会ってしまう。魔女にお前はもうあの子に会えないと告げられ、ショックで飛び降りてしまう。死にはしなかったが、両目を失明してしまう。ラプンツェルは双子を産んで砂漠を彷徨い、王子は盲目で森を彷徨う。数年後、偶然にも再会する二人。そして何でかラプンツェルの涙で王子の目も回復して、王国でいつまでも幸せに暮らしたとか。ちなみに二人を追い詰めた魔女の行方やラプンツェルを捨てた夫婦がどうしているのかは誰も知らない。
〜凛音〜
「最後、羅生門意識したのかな?」
「羅生門ができたのはラプンツェルよりずっと後だよ!」
なんなら一〇〇年くらい後。
「言っちゃうとなんか取ってつけたみたいなハッピーエンドだね」
「元になった実話の残酷さはこんなもんじゃなかったからね」
聞くにラプンツェルの原作の元になった実話では彼女はキリスト教を信じてしまったがために法廷で拷問を受けた挙句の果てに父親に処刑され、父親もそこまで経たないうちに雷が当たって死亡してしまったのだという。日本ではあまり実感のない宗教も、ある国、ある時代では死活問題だったりする。なんせ今の日本は十二月二五日から一月一日というたった一週間で神を乗り換えるのだから。そう思うとラプンツェルはそのまま童話にならなくてよかった。いや。できなかったのだろう。そう信じたい。
「何度も改編されてきたんだね」
「言っちゃうと大体の童話がそうだよ。現代文学も遥か未来では全然、違う風に改編されていったりするんじゃないかな。そんで僕みたいに知ってる人が伝えて残していく」
それにしても奇妙な事件だ。人が本に吸い込まれるなんて、本が人を吸い込むなんてありえない。いや、順番入れ替えただけで言ってること同じか。本当にこの本はなんなんだ。とにもかくにもこの人を吸い込んでしまう本がなんなのかを調べてみる必要がある。
「大丈夫。一緒に調べてみよう。私たちも吸い込まれかけたんだから場合によっちゃ黒幕ぶちのめしてやる」
「あ、この人、強いわ」
桜太郎がボソリと呟く。
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