テラーノベル
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ぼくは猫だ。名前はぼくのご主人――りょうかがつけてくれた。でも、ご主人が僕の名前を呼ぶことはもう二度とない。
朝、日が差す頃になるといつもならご主人はカーテンを開けて「おはよう」って笑ってた。ぼくの整った毛並みをくしゃくしゃにして、ミルクのにおいがする鼻先を指でつついて。
でも今朝はカーテンを開ける音も、おはようの声もない。
静かな部屋に時計の針の音だけが響いてる。
ご主人がもとき?と呼んでいたもう一人の人間がソファに沈んでた。クッションに丸くなってるぼくをじっと見つめた。
「……寒くない?」
ぽつんと、そんなことを言うからぼくはのそのそと歩いてってもときの胸のうえに乗った。
あったかい。大森はまだ生きてる。ちゃんと、動いてる。
でも目が死んでる。
ぼくは覚えてる。
ご主人が倒れた日、もときは泣きながら名前を呼んでた。何度も何度も。
「置いていかないで」
「涼ちゃん、りょうちゃん、お願い死なないで。いかないで、お願い」
「僕の、ミセスのことだけは忘れないで」
忘れるわけないじゃん。ご主人馬鹿みたいにもときのこと好きだったよ。
朝起きたらすぐ名前呼ぶし、寝る前もずっとLINEしてた。そもそももときはご主人がほかの人と話してるだけで、機嫌悪くなったりもしてたくせに。
「ちゃんと伝えなきゃダメだよ。伝わってるつもりでいても相手には案外伝わらないものなんだからね」
暖かい日差しが差し込む日にご主人、そう言ってきたの
もときちゃんと聞いてる?
ねえもとき、生きて。
生きて、生きて、生きてご主人を、藤澤涼架をちゃんと愛してたって証明してあげて。
藤澤の残り香と大森の涙が重なるこの部屋で。
ご主人最後までもときのこと大好きだったんだよ。
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