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真衣香を片手で抱き寄せながら押し出すようにして、坪井はエレベーターからおりると、少し遅れて出てきた咲山を振り返り言った。
「行かない。こいつ行っていいなんて顔してないし」
「は?」と、咲山の短く小さな声がすぐに返ってきた。
「ね、ねえ立花さん、さっき話したこと覚えてる? 理解してるよね?」
振り向こうとした真衣香だが、ギュッと力を込め、抱き締める坪井の腕が邪魔をする。
「二人が何話したのか知らないけど、何より、俺が、嫌だわ」
「ま、待ってよ。 嫌って何? 何で? 今までは彼女に気なんて使ってなかったよね? いいよって言われたら私と会ってくれてたじゃん」
縋るような声に変わっていく、咲山。
「うん、だから、俺が嫌なだけ。 俺が、こいつに愛想尽かされそうなことしたくないだけ」
そう、キッパリと言って、真衣香の手を掴み「じゃ、ごめん、今日はお疲れ」と、咲山に言い残し、振り返ることなく歩き出した。
グイグイと手を引かれ、ビルのエントランスを出る。 ツン、と冷たい風が鼻を刺激した。
早いもので、もう12月に入ったのだから無理もない。
冬を感じていると。
「あーー、のさ。立花」
坪井の声がした。
「どうしたの?」
聞き返し、隣を見ると大きな呼吸を数回繰り返して「あの人と何話してたの?」と、ボソリと呟いた。
「何って?」
「俺が。あの人と今も切れてないとか、そーゆう話だった?」
真衣香の方は見ず、もぞもぞとコートの襟元を触りながら気まずそうにしている。
「……そうだね。うん、つい最近も家を行き来してたとか、彼女がいても咲山さんのこと特別だったとか、多分そんな感じで」
気まずさが伝染して、真衣香も行き場のない片方の手でマフラーを触って答える。
「……はーー、だよな、そりゃそうなるよな、夏美がどう動くかなんて、わかってたのに、ごめん」
何かに呆れるように、坪井は首を振る。
そして、一呼吸、ゆっくり息を吸って、更に続けて言った。
「多分、俺、わざと、試したのかもしれない」
小さな声だった。
聞き取ったそれが正しいのかもわからない。
「え?」と聞き返した真衣香の声に坪井は答えず、逆に声を重ねるようにして問い掛けてきた。
「なぁ、どーしよ、俺ってお前の傍にいていい奴?」
言葉の意味を、尋ねられた内容を、理解出来ず。
すぐ隣、真衣香よりも随分と背の高いその人を見上げる。
不安そうに揺れる瞳が街灯に照らされてキラキラと光った。
涙、みたいだ。
何故だろう。真衣香はそう思った。
「……何の証拠もないけど、お前に付き合おうって言った日から、会ってない、咲山さんも他の人も。ビビってんだけど、自分でもさ。お前のことばっかり考えて、ほんとそんな余裕なかったんだ」
しゅん、と萎むように声が小さくなっていく。
その姿は、胸をぎゅう、と掴まれたように、痛くて、けれど愛おしく真衣香の目に映った。
「さ、咲山さんに誘われて、さっき断ってくれたんだよね。私に愛想尽かされるようなことしたくないって」
「うん」
頷いた坪井は、更に声を小さくして。まるで怒られている小さな子供のように映る、あの、遠い存在だったはずの存在が。
「喜んじゃ、嫌な女かなぁ、私。でもね、嬉しかったんだよ」
深く息を吸いみながらゆっくり言うと、はは、っと乾いた笑い声。
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